Trinity Tempo -トリニティテンポ- ストーリー



 香蓮とすみれは並んで学校からの帰り道を歩いていた。
 歩き始めて、最初は香蓮から今日の日直の話や中学校の話をしていたのだが、すみれは、数分前に香蓮に一緒に帰ろうと声を掛けた時からぎこちない様子で、あまり会話は弾まず、しばし沈黙が続いた。
 香蓮は幼い頃からなんでもすぐに行動に移してしまう桜映が近くにいた事もあり、積極的な性格という訳ではない。
 それでも、教室ではすみれから声を掛けてくれた以上、今度は自分がやらなきゃと、香蓮が沈黙を破ろうと口を開こうとした時、すみれから声が上がった。

「その、私、実は芳野さんとずっとお話してみたいって、思っていたの」
「……ほえっ?」

あまりに唐突な告白に、香蓮は素っ頓狂な声を上げて、動きを止めた。

「えーっと……。なんで、かれんと?」
「その、自己紹介の時、芳野さん、お菓子作りが好きって言ってたわよね?」
「う、うん」
「私、料理はするけど、お菓子作りには詳しくなくて。それで、出来たら教えてもらえたらなって……。や、やっぱりいきなりこんな話、厚かましいわよね。ごめんなさい!」
「えぇ!?あつかましいなんて、全然そんな事ないよ~。水川さん、気にしすぎだよぉ。そう言ってもらえて、かれんは嬉しいよ?」
「え?それじゃあ……」
「うん。かれんで良ければお菓子作り、教えるよ。あ、でもでも、教えるというよりも一緒にがんばろう、かなぁ?かれんももっと上手に作れるようになりたいし、2人で作った方がきっと楽しいよね!」
「あ、ありがとう!よろしくお願いします!」
「そんなにかしこまらなくていいのに~。エヘヘ」 「ふふふっ」

どちらからともなく、2人は顔を見合わせて笑い始めた。


***


「芳野さんはお菓子作りでは何が一番得意なの?」

 緊張が解けたすみれの表情は強張っていた先程までとは打って変わって和やかなものになっており、香蓮とはお互いによく話せるようになっていた。

「んー……どれも好きだけど、やっぱり一番はケーキかなぁ」
「ケーキ、よく作るの?」
「うん!実はね、丁度今夜もショートケーキを作るつもりなの!あ、そうそう。今回は多めに作るつもりだから、もし良かったら水川さんも食べてくれる?」
「え、私も?いいの?」
「もっちろん!」
「あ、ありがとう。楽しみにしてるわね」
「うん!それで、かれんも聞きたかったんだけど、水川さんの得意料理ってなにかな?」
「オムライスやハンバーグ、かな。妹と弟の好物なの」
「おいしいよねぇ。かれんも好きだなぁ。妹さんと弟さんの好物って言うことは、もしかして水川さんがおうちの人のご飯を作ってるの?」
「いつもじゃないけど両親が共働きで帰るのが遅い事が多いから、小学生の頃から両親がいない時は私が家事をしているの。妹と弟はまだご飯が作れないから」
「水川さん、おねえちゃんなんだね」
「姉と呼ばれる程、立派な事はできていないと思うけどね」
「えー?お料理や家事をしてくれるなんて自慢のおねえちゃんだと思うけどなー。うちはおにいちゃんだけど、家のこと、なーんにもできないよ」
「え?芳野さん、お兄さんがいるの?」
「うん。年が結構離れてるから、もう家は出て一人暮らししてるんだけど、それでも毎月のように家に帰ってくるよ」

 なぜだか、香蓮が兄の話をした途端、すみれが異様に喰いついた。

「芳野さん!妹からは年上のきょうだいってどう思うものなの?あと、お兄さんに対しての反抗期ってあった?何歳のときに?どれくらい続いた?」

 すみれに対して落ち着いている印象を持っていただけに、この勢いには香蓮も驚いた。

「え、え~っと?水川さん、どうしたの?」
「あっ!ご、ごめんなさい。急に大きな声出しちゃって……」
「う、ううん。いいよ、気にしないで。」

 しばしの沈黙。しかし今度の沈黙は長くは続かず、ボソッとすみれが切り出した。
「……妹と弟が、反抗期と言うか姉離れと言うか、あまり言う事を聞いてくれなくて」
「そうだったんだ。……ごめんね、水川さん。かれん、いままで反抗期とかなかったみたいで。お兄ちゃんとも年が離れてたからかな。ケンカもしたことないの」
「そう……。ううん、ごめんなさい。今日はじめてお話したのに、こんなことまで話しちゃって。迷惑、よね。ごめんなさい」
「ううん、そんなことないよ。かれんに話してくれてありがとう。……水川さんは妹さんと弟さんの事が大好きなんだよね。なら、だいじょうぶだって思うな。多分、恥ずかしがってるだけだよ」
「芳野さん……。うん。ありがとう」
「今日もこれから帰ってご飯作るんだよね。頑張って。それでね、今度かれんにも水川さんが作ったご飯を食べさせてね!」
「ええ。私のでよければ喜んで。お弁当も作ってるから」
「そうそう、水川さんのお弁当手作りだよね。あれも自分で作ってたんだ~。いつもおいしそうだな~って思って見てたの。ね、ね。明日のお昼は一緒に食べようよ。かれん、お菓子は作れるんだけど、ご飯とかは全然で。お料理の話とか聞きたいな」
「あ、ありがとう。そんな風に言ってもらえると嬉しいわ」
「えへへ。かれんも嬉しいなー。水川さんと仲良しになれて。あ、そうだ。ね、これから“すみれちゃん”って呼んでもいーい?かれんのことも名前で呼んで欲しいな」
「わかったわ。芳野さん、じゃなくて“香蓮”」
「えへへ。これからもよろしくね。すみれちゃん」

2人は夕焼けを背に、笑い合いながら再び家路についた。

ページの一番上へ



ストーリーのトップページへ戻る