一先ず本屋から離れ、桜映と香蓮が座っていたベンチまで3人は来ていた。 2人から逃走を図ろうとしたすみれを、桜映が凄まじい勢いで捕まえ、ここまで連れて来たのだった。 「ええっと、無理やりごめんね、水川さん。でも、あたしも香蓮もどうしても水川さんと話したいことがあるの」 「ハァ……。なんとなく想像はつくけど、こうなったからにはちゃんと聞くわ。――それで、話したいことって?」 「うん!あたしとダンスを――」 「ごめんなさい、お断りします」 「って、早いよ水川さん!あたし最後まで話してないよ!?」 「この前ちゃんと断ったはずよ。私はダンスをするつもりはないの」 「う~~ん……。でも、水川さんダンス好きだよね?」 「そんなことないわ。どうしてそう思うのかしら?」 「だって、さっきの本屋で真剣にダンスの雑誌読んでたから」 「ッ!あ、あれは違うのよ!あれは偶然で……。その、ダンスがこんなにも注目を浴びる理由を調べてみようかなって。そう!あれは勉強していたの!」 「……水川さん。それはちょっと、ムリがあるんじゃ……」 「すみれちゃん。つんでれさん?」 香蓮の言葉にすみれの顔が真っ赤になる様子を、桜映と香蓮はじっと見ていた。 その後しばらくの間、すみれが言い訳になっていない言い訳をするのに疲れ果てるまで、同じようなやり取りが続いたのだった。 「ふぅ……」 すみれがジュースを飲んで一息つくのを香蓮はニコニコしながら見ていた。 「すみれちゃん、落ち着いた?」 「え、ええ。ごめんなさい。取り乱しちゃって。……春日さん、確かに私はさっきダンス雑誌を読んでいたけど、それだけだわ。決してダンスが好きなわけじゃ――」 ベンチの前に立っていた桜映が、まっすぐにすみれの目を見ながら口を開いた 「ううん。水川さんはダンスが好きなんだよ。この前の授業で踊っていた水川さん、本当に楽しそうだった。きれいだった。あたしはあんな素敵な笑顔で踊る人と、一緒にダンスをしたいって心から思ったの。この人のダンスをまた見てみたいなって。――香蓮はどうだった?」 「香蓮?」 すみれは名を口にしながら横にいる香蓮に顔を向けた。 「うん……。かれんもね、この前すみれちゃんに言えなかったんだけど、すみれちゃんのダンスをもっと見たいって思ってる。かれん、ダンスをしている時のすみれちゃんの笑顔が忘れられない。あんな笑顔で踊ってたすみれちゃんがダンスが好きじゃないなんて、かれんには思えないんだ」 話し始めた時こそ俯いていた香蓮だが、今はまっすぐにすみれを見つめていた。 桜映と香蓮からまっすぐに見つめられたすみれは、目を伏せながら考えていた。 自分の事。家族の事。目の前にいる2人の事。――そして、ダンスの事を。 「私、私は――」 しばらくの後、口を開いたすみれを桜映と香蓮は何も言わずに見つめ続けた。 すみれは覚悟を決めたように顔を上げ、まっすぐに前を向いて声を上げた。 「えぇ。私はダンスが大好き。ダンスをやりたい。……だけど、無理なのよ。私は自分の事だけを考える訳には……」 香蓮はその返答を聞き、すみれが家族の為にダンスを諦めようとしているのだと、であれば、なおのこと無理強いは出来ない事を何となしに察した。 やはり無理なのかと香蓮が半ば諦めながら桜映を見ると、桜映の顔には満面の笑顔が咲き誇っていた。 「よかったぁ!」 桜映は満面の笑顔のまま、心底安心したような声を上げた。 「よかったって、なにが……?」 「さえちー?」 すみれと香蓮が怪訝な表情で呟く。 「ホントによかった!だって、水川さんダンス好きなんだよね?ダンスしたいんだよね?なら大丈夫!あたしと一緒にダンスできるよ!」 「いや、だから。私はダンスをすることは出来ないって――」 「それじゃあテストしようよ!あたしのダンスを見て、それで判断してよ。水川さんがあたしとダンスをするかしないのか!」 「ちょ、ちょっと待ってよ!意味が分からないってば!」 「……水川さんにどんな事情があるか、あたしは知らない。でも、自分に嘘をついて我慢しちゃったら、水川さんのあの笑顔がもう見れないことは、あたしにもわかる!」 「!」 「だから、わがままだって分かってるけど、本当は無理にでもその手を引っ張りたい!それがダメだっていうなら、あたしのダンスで嘘をつけないようにしてみせるよ!水川さんに踊りたいって思わせてみせる!!」 最後の方は半ば叫びながら桜映はすみれに自分の意志を、願いを伝えた。 呆然としながら聞いていた香蓮が桜映を止めようと口を開こうとした瞬間、隣のすみれが先に声を発した。 「わかったわ」 凛とした声だった。それだけで周囲の空気が引き締まるような感覚を与えながら、すみれはもう一度声を上げた。 「そこまで言うなら春日さん。あなたのダンスを見せてちょうだい。あなたのダンスで私をその気にさせてみてよ」 すみれが挑むような目で桜映に言葉を投げた。 それを受けた桜映もまた、口角を上げ力強い視線を向けながらすみれに答えた。 「そうこなくっちゃだよ」
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