入学式から3日が経った。 聞いたところによると、入学式直後から多くの生徒が九条院惺麗を自らのダンスチームへ勧誘しているそうだが、いまだに彼女はどのチームへも加入を決めていないらしい。 「それは私にとっていいこと、なんだけど……」 同時に、彼女に対する様々な噂も多く耳にした。 その噂は『話が通じない』・『お高くとまっている』・『我儘』と言った、好印象とは言えないものが多かった。 噂とは尾ひれがつくものとは言え、彼女は性格に難があるのだろうか。 だとしたら、あまり話が上手ではない私にとって、彼女に声を掛けるのはとても高いハードルなのではないか。 ……と言うのは、自分に都合の良い言い訳だと分かっていた。 「……それ以前の問題よね。ふぅ」 結局、私は入学式以降、何も行動を起こせていなかった。 気ばかり焦ってしまい、一向にアイディアが浮かんでこない。 高望みはやめて、彼女以外の新入生に声を掛けてみようか。いよいよ私はそんな事を考えはじめていた。 ――しかし、その日、私は見てしまった。 私は去年からダンスの練習を、先輩たちから教えてもらった空き教室――なんでも、以前はどこかの部の備品室として使用されていたらしい――で行っている。 メンバーが集まっていなくてもそれは今も変わらず習慣として続けており、この日も気分は晴れないものの教室へと足を運んだ。 「体を動かせば多少は気分転換に、なればいいなぁ。……あら?」 教室の中からドア越しに、ステップの音が聞こえる。 どうやら先客がいるようだった。それもダンスをしている。 「一応、<エトワール>として教室の使用許可を取っているんだけど……。でも、中の人に3人いないならチームじゃないって言われたらどうしよう……」 残念だけど今日は別の場所で練習しよう。 そう考え、ドアに背を向けると中から得意げな声が聞こえてきた。 「フフフ、相変わらず完璧ですわ!自分の才能が恐ろしいとはまさにこの事!1年生のダンスの授業の課題曲との事ですが、この九条院惺麗にとって、この程度は造作もありませんわね」 意外な名前を耳にした私が思わずドアの隙間から教室の中を覗くと、そこには独り言を言いながら九条院惺麗が笑顔で踊っていた。 彼女は一通り踊り終えると、頬を膨らませながら椅子に腰掛け、また独り言を始めた。 「まったく。多くの者がわたくしを求めるのは自然の摂理ですが、もう少し品のある頼み方は出来ないのかしら。あんな野蛮な頼み方をされると、流石のわたくしでも気が滅入りますわ。……ハァ。わたくしはどうすればいいのでしょう、お兄様」 何があったのかは分からないが、どうやら彼女はダンスチームへの勧誘に大分辟易としているようである。先程まで頬を膨らませていた表情が今は物憂げに翳っている。 入学式の時も思ったが、彼女はコロコロ表情が変わる。恐らく嘘のつけない性格なのだろうと、そんな事を私は思った。 「いけません。弱気になるなんてわたくしらしくありませんわ。お兄様も言っていたじゃない。わたくしがわたくしらしくあれば、自然とチームメンバーも集まってくると。そう!わたくしに掛かればチームメンバーを集めるなんてたやすいことですわ!オーホッホ!……コホン。さて、そろそろ帰りましょう」 彼女がドアに向かって来るのを見て、突然の事に私は体を動かす事ができなかった。 ガラリとドアが内側から開かれ、私は彼女とはじめて向かい合った。 「あら?どちら様かしら?いえ、丁度良かったですわ!ここは一体どこ――」 「ご、ごめんなさい!」 「えっ?ちょっと、貴方!?わたくしの話を……!」 彼女がなにかを言っているのが聞こえたが、私は一心不乱に走り続け、気付けばエントランスの自分のロッカー前まで来ていた。 大した距離を走った訳でもないのに息が上がっている。 疲れているのではない、興奮しているのだ。 先程は突然の事で混乱していたが、落ち着いて彼女のダンスを思い返すと、その姿に自然と体が震えた。 ――彼女しかいない! 私のチームに、なんとしても彼女に入ってもらいたい。 正直、どうすればチームに入ってくれるのかは分からないけれど、彼女にチームへ入って貰えるように頑張ろう。そう決めた。……あ。 「なんで逃げちゃったのよ。今がまさに彼女と話をするチャンスだったのに……。もう、私のバカ……」 その後、私は教室まで急いで戻ったが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
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