翌日。休み時間の度に九条院惺麗のクラスへ足を運んだものの、彼女は教室にはおらず、一向に見つける事が出来ぬまま今はもう放課後である。 不幸中の幸いと言うべきか、彼女のクラスメイトに聞いた所、教室には居ないものの彼女はまだ帰っていないようである。(なんでも彼女が帰る時は必ず校舎前に豪奢な車が迎えに来るらしい) とは言え、広大な聖シュテルン女学院の校舎の中から無作為に彼女を見つけ出すのは非常に困難だ。私は考え、1つの可能性に賭けてみる事にした。 ――そうして私は、昨日彼女と出逢った空き教室の前まで来ていた。……のだが、どうやら私の読みは外れてしまったようである。教室の中からは物音が一切していないのだ。 落胆しながらも、なにか手掛かりでもと思った私が教室の扉を開くと――。 そこには、椅子に腰掛け眠っている、九条院惺麗の姿があった。 「み、みつけた……」 思わず安堵の声が出てしまったが、本番はむしろこれからである。 いざ本人を前にすると、やはりなんの作戦もないことが不安に思えて仕方ない。 いや、それ以前に。 「とても気持ち良さそうに寝ているけれど、起こしてもいいのかしら……?」 人の寝顔を見るのは決して趣味がいいとは言えないが、夕焼けに彩られている彼女の寝姿はそんな事を忘れさせてしまう程、美しかった。 そうして彼女の様子を見続けながら、1分ほど経過した時、何の前触れもなく彼女がぱちりと目を開けた。すごい寝覚めの良さである。 「あぁ、いい夢でしたわ。夢の中でもわたくしは完璧でしたわね。フフフ。……ん?」 「あ、あはは……」 寝起きの彼女と目が合ってしまい、私は反射的に愛想笑いをした。冷や汗がすごい。 「な、なんですの、貴方は!?この九条院惺麗の寝込みを襲おうとは!ハッ!さては貴方がヘンタイと言うヤツですわね!フフ!いいですわ!護身術も完璧であるこのわたくしが成敗して差し上げますわ!さぁ、どこからでもかかってきなさい!」 「ち、違うの違うの!ちょっと待って!昨日もこの教室で会ったでしょ?私はこの学校の生徒よ!」 「生徒でありながらヘンタイでもあるとは……!恐ろしい人ですわ……!」 「だーかーらー!」 「問答無用ですわ!って、あら?貴方は確か昨日の……」 彼女は護身術の構えを解き、首を傾げながらまじまじと私を見つめた。 「お、思い出してくれた?」 「思い出しましたわ!このわたくしが道を尋ねた栄誉に感極まって、すさまじい勢いで逃げ出したヘンタイですわ!」 「なんなのそれー!?い、いえ、全部が間違っている訳ではないけど違うのよ!」 彼女の勢いに釣られたからだろうか。放課後の空き教室で私たち2人のそんなやり取りがしばらく続いた。 自己紹介からはじまり、昨日と今日の話を説明し終えたのは、しばらく後の事だった。 「――と、いう事なの。分かってもらえた?」 「なるほど。よく分かりましたわ。ええと、さとうさん?誤解を招くような行動をしてはいけませんわ。すぐに誤解だと理解できるわたくしの聡明さに感謝してもよくってよ?」 「須藤です。……はぁ。なんだかすごく疲れちゃった」 「あら、なにかありましたの?それはそうと、すおうさん、ひとついいかしら?」 「……須藤です。私の名前は須藤千彗子。苗字が言い辛いなら名前で呼んでもらっても――」 「あらそう。では千彗子。わたくしになんの御用かしら?」 「え?あ、えっと、それは、その……」 いきなり名前を呼び捨てにされた事以上に、突然真面目な表情で本題に切り込まれた事で私は思わず面喰らってしまった。 「え?ではありませんわ。先程貴方は言いましたわ。わたくしを探していたのだと。わたくしに何か用があったのではなくて?」 「え、ええ。そうなの。その、九条院さんに相談、と言うかお願いがあって……」 正直にダンスチームに入ってくださいと言うだけでいいのだろうか? もし断られたらどうする?そもそも彼女はどうして他のチームの勧誘を断ったのか? 私に他のチームになかったアピールポイントはあるのだろうか? どうする?どうすればいい?どうしよう? 頭の中はパニック寸前である。考えが纏まらない。言葉が出てこない。 彼女は怪訝そうにこちらを見ている。何か言わなくては。 『さくせんなんて攻撃しろ!だけでいいじゃん』 『ねえちゃん、考えすぎー』 なぜだろう。その瞬間、ふと、昨夜の悠輝の言葉が頭をよぎった。 ……そうね。難しく考えずにまずは私の思いを伝えなくちゃ! 「九条院さん!あなたに私のダンスチームに入って欲しいの!」 「……はぁ」 その瞬間、彼女がつまらなそうな顔でため息を吐いた。 いけない!このままでは他のチームと同じ結果になってしまう。なにかもうひと押し! 彼女が口を開く前に、私は制服のポケットに偶然入っていたそれを手に取ると、頭を下げながら彼女の前に差し出した。 「これで、どうかしら!」 ポケットの中に入っていたそれは――何の変哲もない飴玉だった。 偶然コンビニで買った飴玉がポケットに入っていただけである。 そして、飴玉を差し出した事に気付いた私は、完全にパニック状態になっていた。 どういうこと?なんでよりにもよって飴玉なのよ!?お菓子で釣るとか私、なにをしているのよ。ああ、完全に終わったわ。先輩たち、悠輝、ごめんなさい…… 私が心中で懺悔をしていると、手の平から飴玉の感触がなくなっている事に気付いた。 「あ、あれ?」 思わず顔を上げると、九条院惺麗は目を輝かせながら、自らの手に取った飴玉を興味深そうに見ていた。 私が見ている事には気付いていないようで、彼女は嬉しそうに包み紙をはがすと、飴玉を口にした。 「ん~~~~~!」 すごく嬉しそうである。飴玉ひとつでここまで喜ぶ人をはじめて見た。 「あ、あの~?九条院、さん?」 「ハッ!……フ、フフフ。まったふ、安ふ見られたものでふわね。この九条院惺麗をこんな飴玉ひとつで誘惑ひようなどと、そうはいきまへんわよ!」 「う、うん。とりあえず、食べ終わってからでいいわよ」 「あらそう?では失礼」 そう言うと、彼女は再び表情を緩め、満面の笑顔で飴玉を楽しんでいる。 その様子を見ていると、私も緊張が解けたのか、思わず口元が緩んでしまった。 「ぷっ。ふ、ふふ」 「な、なんですの!?人の顔を見て笑うだなんて!」 「いいえ、なんでもないの。飴、美味しい?」 「ええ!」 「ふふっ、なら良かった。お菓子なら他にもあるから欲しかったら言ってね?」 「あら!気が利きますわね!すべて頂きますわ!」 ペットの飼い主みたいだなと、そんな事を思ってしまった。 結局、彼女は私が持ち合わせたお菓子を1人ですべて平らげてしまった。 食べる度に嬉しそうに笑いながら。
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