はじめて彼女の姿を見た時、悔しいけれど憧れた。 自分の理想とした姿で舞う彼女を見て、美しいと思った。 それから頻繁に大会で彼女と顔を合わせる内に、負けたくないと思いはじめた。 順位発表の時、いつも自分の上に彼女の名前があったから。 話した事なんてほとんどない。 もしかしたら彼女は自分の事なんて覚えていないかもしれない。 それでも良かった。いや、それで良かったのだ。 いつか自分が追いつき、彼女の横に立った時に、自分の名前を覚えさせてみせる。 そんな幼い考えを持ち続けたまま、いよいよ中学生になっても彼女には勝てなかった。 中学3年の春大会で彼女に敗北した時、冬大会、そして高校ではと決意を新たにした。 なのに――。 彼女はその大会を最後に、バレエを辞めてしまった。 彼女の通うバレエスクールの知人に話を聞くと、もうバレエはしないと言ったらしい。 その話を聞いて本当に一方的な話だが、裏切られたと、そう感じた。 それまで彼女に勝つ事を目標にバレエを続けてきた自分は、てっきり無気力になるのかと思ったが、それまで以上にバレエに打ち込んだ。その理由は自分でも分からない。 それでも、どれだけ実力を磨こうと大会に出ようとは思わなかった。 彼女がいない大会で優勝しても意味がなかったからだ。 その後、どことなく空虚な気持ちのまま僕は中学を卒業した。 *** 僕の名前は和泉晶。 なんとなく地元を離れたいと考え、家から離れた私立聖シュテルン女学院の高等部にこの春入学した。 この学校はトリニティカップの優勝を目指すと大きく掲げており、ダンスに力を入れている。 実際、多くの生徒がダンスチームを組み、学内選抜戦にエントリーしているらしい。 僕はと言えば、別段その事に興味はなかった。 小さい頃からずっとバレエをしていたし、息抜き程度にダンスの練習もしていたから、一般的なレベルよりは上手い自信はあるが、ダンス目的で入学した訳ではないし。 たまに人数が足りないからと他の生徒からチームに入ってくれないかと誘われもしたが、全て断った。 はぁ、すっきりしないな。早く家に帰ろう。今日は通販で買った新作ゲームが届く日だ。 正直、不安も有った1人暮らしだが、僕には合っていたらしい。 自分の時間に没頭してもどこからも邪魔が入らない。なんて良い事だろう。 家に帰り、購入したゲームのマニュアルに目を通していると、電話が鳴り始めた。 無視してやろうかとも考えたが、ディスプレイに表示された名前を見て、しぶしぶ電話に出た。 「もしもし……」 『もしもし晶?なかなか出ないから心配したわよ』 「僕も色々あるんだよ。それで母さん、なにか用?」 『まったく。母親からの電話なんだからもう少し愛想よくなさい』 「お説教なら切るよ」 『待ちなさいって。どうしようか悩んだんだけど、教えておいたほうが良いと思ってね』 「?」 『あの子、ええと水川さんだっけ?彼女、高校でダンスをやるんですって』 「……え?」 『花護宮高校に行った子のお母さんから聞いたんだけどね、水川さん、ダンスチームに入ったそうよ。トリニティカップに出るのかしらね。あの子、バレエも上手かったし』 「そう……。水川すみれが、ダンスを」 思わず、電話を落としそうになってしまった。 その名前を再び聞くなんて思ってもみなかった。 『もしもし?晶?どうしたの?』 「なんでもないよ。電話ありがとう母さん。宿題しないとだからそろそろ切るね」 『はいはい。体には気をつけるのよ』 「うん。それじゃあ」 なぜだろう。心臓の音が聞こえる。 ふと鏡に映った自分を見ると、笑っていた。 そうだ。僕はまた目標をみつけた。 あの日からポッカリ穴が開いていた心が、ようやく満たされた気がした。 やるべき事も決まった。 今度こそ、水川すみれに勝ってみせる。
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