新幹線が到着し、今日はここで解散となった。 結局、アタシ達が起こすまで寝続けた阪井先生が欠伸を隠さずに告げる。 「くぁ……。あー、ねっむ……。ええと、なんだっけ。そうそう、明日からまたトリニティカップに向けた練習を再開するからそのつもりでね。――で、大河、ちょっといい?」 「はい」 大河が背筋を伸ばして返事をする。 練習中はまだしも、普段からここまで阪井先生にしゃんとした態度をとるのは、いまや大河だけである。 アリサはいつものあの調子だし、アタシは結構、阪井先生には友達感覚で話しちゃうからなー。 ……まぁ、先生も「私も若いんだし、別にいいでしょ」って言ってたけどさ。 「あんたさ、学内選抜大会のインタビューで言ってたわよね。今年は新しい事ができそうって。あれって、どういう意味なの?さっき思い出したんだけど、そう言えば詳しく聞いてなかったと思ってね」 「あれは……。言葉の通りです。具体的には自分でも決めていないのですが、去年と同様にただダンスの実力を磨くだけでなく、他のどのチームもやった事のない、新しい事への挑戦。このチームならそれが出来ると自然と思えたんです」 「へーえ。……それは私がトレーナーになるから?」 「それもあります。ですが、それだけではない何かが……。私の直感なので、根拠がないと言えばそこまでなのですが」 言うと、大河は少し俯いてしまう。 上手く言葉に出来ない事がもどかしいようだ。 しかし、その話を聞いた阪井先生は楽しそうに微笑んだ。 「……ふふ、いいじゃない。面白そうで。私、そういうの好きよ」 「え?」 大河が顔を上げ、阪井先生を見つめる。 アタシとアリサも自然と阪井先生に顔を向けていた。 「わくわくするじゃない!教科書どおりに技術を教えるのよりよっぽど楽しいわ。正直、あんた達にダンスのテクニックを教えるだけなんて、簡単すぎて面白くないなーって思ってた所だったのよ。いいわ、ならどんどん新しい事をやっていきましょう。正解が分からないなら、まずはやってみないとね!」 「先生……!」 大河が嬉しそうな声を上げる。 アタシにも大河の言う、新しい事がどんなものなのか見当もつかない。 ただ、阪井先生の言う通り、漫然とダンスの練習だけをするより面白そうだと思った。 アタシは大河の肩に手を置きながら言う。 「いーんじゃない?アタシもその新しい事ってのが何なのか気になるしね。アリサはどう?」 「やる」 「だってさ、リーダー?」 大河は一度アタシとアリサを見ると、満足そうに頷いた。 そして、改めて阪井先生に向き直り、頭を下げる。 アタシ達もそれに続く。 「阪井先生、よろしくご指導ご鞭撻の程、お願いします」 「かったい!だから、大河は固いっての。体だけじゃなくて頭も柔らかくしないと、それこそ新しい事を取り入れられないわよ。……ふー。言っておくけど、これからは今までやった事のない練習もしていくから、今まで以上にハードになるわよ。覚悟しておきなさい!……それじゃあ、気合も入れ直した所で、今日は解散――」 「何を言ってるのですか、先生。折角、モチベーションも上がったんです。早速学校に戻って練習を始めましょう。時間を無駄に出来ません」 「……はい?いやいや、あんたこそ何を言ってるの?今日は仕事もして疲れたでしょ?だから練習は明日から――」 「いえ。仕事と言っても短時間でしたので疲労はありません。練習に支障はないかと」 「……あー、けどさ、慣れない事をした精神的な疲労って言うの?そういうのはあると思うのよ。そ、そうよ!大河は大丈夫でも理央奈やアリサは疲れてるでしょ!?そうよね?」 言って、阪井先生がはじめて見せる焦った表情で、アタシとアリサに助けを求める。 ……あぁ。最近のアタシってこんなカンジだったのかぁ。 「……先生、大河がこうなったら諦めた方がいいよ、マジで。大人しく学校行こうよ」 「ん」 「そんなぁ~……」 「先生、何をしているのです。さぁ、行きましょう」 「ちょ、大河、やめ……」 言うが早いか、大河が先生の手を取ってずんずんと進んでいく。 観念したのか最初は抵抗していた先生も、いつの間にかなすがまま引っ張られている。 ……どっちが大人なんだか。 「リオナ?」 「はいはい。アタシ達も行きますか♪」 アタシもいつものようにアリサの手を取って大河を追い掛け、歩き出す。 ――今年の蒼牙なら、去年までと違う事が出来るのだと、確かな予感に胸を抱いて。
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