――今年もこの季節がやってきた。 どんよりした曇り空や、葉が散って寒そうな街路樹をごまかすかのように街が電飾で彩られる季節、そうクリスマスである。 (憂鬱だ……) 街全体が浮かれているみたいに感じるという理由から、僕――和泉晶はあまりクリスマスが好きではない。 こんな寒い時期は出来れば家に籠りたい。しかももうすぐ待ちに待った新作のネットゲームが配信されるから尚更だ。 お昼休みにぼんやりと気ままに年末のスケジュールに思いを巡らせていたその時、頭の片隅にノイズが入った。そしてそれはすぐに警告音に変わった。 嫌な予感がする、そう思い、席を立とうとした僕を制止するように高らかな声が教室中に響き渡る。 「さぁ、晶!クリスマスツリーを飾り付けますわよ!!!!!!」 バンッと勢いよく開かれた教室の扉の向こうから九条院惺麗が現れた。 「……意味が分からないよ、惺麗。詳しく説明し……なくていいや。何も言わなくていいから、僕を巻き込まないで」 そそくさと逃げようとするも惺麗は僕の手を掴み、そのまま教室の外へ向かう。 「次は千彗子ですわ!晶、彼女のクラスはどこですの!?」 ……ああ、頭が痛い。せっかく年末のスケジュールを立てていたのに……。 僕の気分は、今年一番の寒さを記録した。 *** 「今年のクリスマスツリーの飾り付け作業に惺麗さんも参加するのね。」 僕たちの急な訪問にも動じずに須藤さんは和やかに答えた。 なんで「千彗子、クリスマスツリーを飾り付けますわよ」だけで、惺麗の言った意味が分かるんだろう。――須藤千彗子、エスパーかな。心の中で深く感心した。 「そうですわ!!そしてこの九条院惺麗が飾り付けのリーダーとなりましたのよ!」 惺麗は誇らしげに言う。 どうせ先生に都合の良いように言われて押し付けられたに違いない。ホント、目立ちたがり屋だな。 「懐かしいなぁ。ツリーの飾り付けって有志のメンバーでやってるんだけど、去年、私も<エトワール>の先輩と参加したの。シュテルンのツリーってすごく大きいじゃない?だから結構大変だったわ」 そう、どうやら惺麗が引き受けたのは僕らが通う聖シュテルン女学院の大講堂の中にあるツリーにクリスマスの飾りを付けるという非常に面倒くさい作業なのだ。 しかもさすが名門お嬢様学校と言われているだけあってツリーの大きさが半端じゃない。どれだけ時間がかかるんだろう。想像もしたくない。 「はぁ……。期限はいつまでなの?」 「この学校のクリスマスパーティーの前日までにですわ!!」 「……パーティーって確か12月の第2週目の週末とか結構早くなかった……?」 「そうね……。ちょっと待ってね、スケジュール帳を見てみるわ」 そう言って須藤さんは机の中から手帳を出してパラパラとページを捲る。 「えっと、今年のパーティーは12月8日の土曜日ね」 「今日は12月3日。ツリーの完成が7日って……。全然時間ないじゃん……」 「他の生徒たちも手伝ってくれますわ!」 「いきなりだから、きっと予定が合わない人が多いと思うよ。ただでさえシュテルンに通っている人は習い事を多くしているイメージだし……」 「ま、まぁ、私も手伝うから、きっと大丈夫よ、晶さん!」 抗議する僕を須藤さんがなだめる。 納得できないと思いつつも、結局手伝う羽目になることを僕は理解していた。 こう言ってくれている須藤さんを困らせたくないし、何より惺麗が言い出したことを曲げるところを見たことが無いからだ。 「……分かった。そうと決まったら、早くやろう。さっさと終わらせてしまいたい」 「では、早速参りますわよ!!!!!」 そう言うと惺麗はまた教室を飛び出して行ってしまった。その後を追い掛ける須藤さんの背を見やり、僕は小さくため息をついた後、この場を後にした。 *** ツリーの飾りが仕舞われている大講堂の倉庫は思った以上に埃っぽかった。 聖シュテルン女学院の環境はいつも綺麗に保たれているが、さすがに1年に数回しか開く機会がない倉庫の中までは整備されていないようだった。 西日が射して少し薄明るい倉庫の中から「クリスマスツリー 飾り」と書かれた段ボール箱を3人で運び出す。 惺麗は重いものを持つのが不慣れなせいか何度も段ボールを落としていた。 数十分かけて大講堂に運びだした段ボールは約20箱ほどあった。 これらを4日足らずで飾り付けるなんて…、そう考えると頭の奥に鈍い痛みを感じた。 ただそうも言ってられないので早速、作業に取り掛かることにした。 だけど一番手前の段ボールを開けてみると、予期せぬ事態に思わず声が漏れた。 「え……、何これ……?オーナメント、ボロボロなんだけど。……惺麗が雑に扱ったからじゃないの」 「な、なんですって?!」 キーッといって二次元のお嬢様のテンプレみたいに惺麗が鳴いた。 「あ、でもこれ、1個や2個じゃないわ。落としたくらいじゃここまで壊れないはず……。それにオーナメント同士も絡まっちゃってるし、恐らく去年の後片付けの時に適当に仕舞っちゃったのかしら」 須藤さんは羽根が折れている天使の飾りや、変な形に曲がったままのジンジャーマンクッキーのぬいぐるみを手に取りながら少し寂しそうに呟いた。 オーナメントの状態は微妙。電飾は大丈夫なのだろうか?コンセントに繋いで電源が付くか確認してみる。 「だめだ、ライトも点かない。全部じゃないかもだけど、調べるのだけでも結構時間かかりそうだね」 「何ですって!?飾りが使えなければ作業が出来ませんわ!」 パンパンと手や服に付いた埃を掃いながら、惺麗がカツカツと歩き出す。 「平塚に連絡いたしますわ。今すぐ新しいライトとオーナメントを用意させますわ!」 「「え!?」」 まるで息を合せたかのように僕と須藤さんの声が重なった。 「ちょっと待ちなよ、惺麗。勝手に個人が学院のものを用意したりするのは良くないと思うよ。」 「何故ですの?費用は全て九条院家が持ちますし、そのことに関しましても平塚から学院側に説明いたしますわ!いっそのこともっと豪華な飾り付けを用意して……、そうですわ、これを機に全て最新鋭にするものいいですわね!古いものはこのまま処分してもらいましょう。」 惺麗は僕の制止を聞かずに、ご機嫌な様子で携帯電話をスクールバッグから探し当て、取り出す。そして通話ボタンを押そうとした。 ――その時、 「待って、惺麗さん!!!」 普段はあまり大きな声を出すことのない須藤さんが一際大きく叫んだ。 いつもと違う雰囲気に惺麗も少しびっくりした様子で、携帯電話を耳から離す。 「……ごめんなさい、大きな声出しちゃって。勝手なこと言って申し訳ないんだけど……、ツリーの飾りつけ、新しいものを用意するのは一旦やめて、まずは自分達で直してみない?」 突然の提案に驚いた。惺麗も同じだったみたいで、理由を聞いた。 「何故ですの?古いものをわざわざ直す必要なんてないように思いますわ」 たしかに。惺麗のやり方は強引だけど、この飾りを直すのは簡単じゃない。 であれば、学院側で新しいものを用意してもらうのが得策だと思う。 「それは……」 一呼吸おいて須藤さんが続けた。 「私の我儘なんだけど……、このオーナメントたちを捨てたくないの」 須藤さんは手に取った天使のオーナメントを胸の前でギュッと握りしめた。 「実はね、オーナメントの状態は去年からあまり良くなかったの。……見て。この天使のオーナメントも一度右の羽根が折れてる」 「本当だ。よく見るとボンドの跡があるね」 「これはね、<エトワール>の先輩と力を合わせて直したの。備品室にあったボンドを借りたんだけど、全然固まらなくて。なんでだろ~おかしいね~って言いながら数日置いてみたりしたんだけど、やっぱりダメで。どうしようもないから担任の先生に相談したら、ボンドのラベルを良く見ろって言われたの。そうしたら実は使っていたボンドが木工用でね。先輩たちと馬鹿だな~って笑いあったりしたの―― ってごめんなさい……!!!!こんな思い出話面白くないわよね!」 須藤さんは我に返ったのか、顔を真っ赤にしていた。 「と、とりあえず、このことは一度、先生に報告しましょうか!そうすれば、きっと学院側が新しいものを用意してくれるわ」 須藤さんは手にしていたオーナメントを大事そうに段ボールに戻すと踵を返して大講堂の出口へ向かう。職員室にいくのかな。 ……どうしようと思いつつも何も出来ないでいると、突然、惺麗が大きな声で叫んだ。 「……わかりましたわ!千彗子、あなたの言うとおりにしましょう」 「え……」 須藤さんが驚いたようにこちらを振り返る。 「でも、修理するとなると時間がかかっちゃうし……」 「なんとでもなりますわ!」 「結局直らないかもしれないし……本当にいいの?」 「この九条院惺麗に二言はありませんわ!」 惺麗が力強く頷く。 「もちろん。僕も手伝うよ」 惺麗に遅れたのが癪だけど、いつもフォローしてくれる須藤さんの思いを叶えたいからね。僕も惺麗に賛同した。 「――……ありがとう!!ごめんなさい、私の我儘なのに二人を巻き込んでしまって」 「別にいいよ。元はといえば惺麗が持ってきた厄介ごとだからね」 「構いませんわ。メンバーの我儘を受け止める!それがリーダーの役目ですわ!!」 「……惺麗にしてはたまには良いこと言うじゃん」 「なんですって!!?」 「ぷ、あはははは。二人ともありがとう!」 さて、やりますか。心の中で軽く呟いた。 *** ――クリスマスパーティー当日。 聖シュテルン女学院の大講堂にある大きなツリーには電飾やオーナメントが飾られ、綺麗に彩られていた。 「オーホッホッホ!!この九条院惺麗が修理をし、そして飾り付けたオーナメントたちが今までよりも一層輝いておりますわ!!」 「よく言うよ……。あまりにも不器用で何も任せられないから、結局、綿雪ばっかり飾りつけてたくせに。」 「ふふっ。でも、惺麗さんの言うとおりだわ。去年も素敵なツリーだったけど、今年はもっともっと素敵に見える」 須藤さんは飾られた天使のオーナメントをコツンと指先で優しく突いた。 天使の右の羽根は左の羽根と比べて少し傾いていた。 「これ、三人で直したやつだね。惺麗が動かすから歪んだんだよね」 「なっ!?わたくしのせいだと言うんですか!?これは二人がしっかり支えてないからズレたのですわ」 「まぁまぁ……。――でもきっとまた来年もこのオーナメントを見ると思い出すわ。一緒に直したこと。今日のこと。<ステラ・エトワール>の大切な思い出。それってとっても素敵よね」 須藤さんがあまりにもクサいことを恥ずかしげもなく言うもんだから、何だかこっちが照れてしまう。 それを聞いた惺麗は惺麗で素晴らしいですわって連呼してるし……。 きっと赤くなっているであろう耳を髪で隠しながら、まぁね、とポツリと僕は呟いた。 クリスマスにいつも感じる憂鬱さは消えていた。
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