Trinity Tempo -トリニティテンポ- ストーリー



 ブーケがそのニュースを知る数分前。
 職員室に咲也の悲鳴がこだました。

「練習試合ですか!?」

 伝えに来た校長に盛大に唾が飛ぶ。目を白黒させながら受け取った資料には、まず対戦校の高校名が上品なロゴで書いてあった。続いて日程と、対戦相手の簡単なプロフィールを慌てて確認して、いてもたってもいられず咲也は走り出した。

「――ああ! 校長ありがとうございました!」

 扉を抜ける直前に肩越しに頭を下げて、咲也は廊下へと消えていった。
 呆気にとられて静まり返った職員室で、とりあえず校長はハンカチで顔を拭いた。

***

 息を整えながら言う咲也は、戸惑っているようにもワクワクしているようにも見えた。
 まだ出会って日が浅いとはいえ、咲也のこんな表情は見たことがない。
 咲也は改めて、桜映たちにそのニュースを告げた。

「春日さん、水川さん、芳野さん。みんなに練習試合の依頼が入ったぞ!」
「試合――って、本当ですか!」
「ええー!? あ、相手は? どんなチームなんですか?」
「かれん、試合って初体験だよ! どうしようさえちー、すみれちゃん! どうしよう!」
「心配ないよ香蓮! あたしたちならきっと大丈夫!」
「ちょ、ちょっと、桜映も香蓮もおちついて、深呼吸しましょう、すー、はー……」
「すごいすごいっ。こんなに早く試合のお話がくるなんてびっくりだね!」
「うん! もっと練習しなきゃ。香蓮! すみれちゃん! 練習しよう!」
「ちょっと待って桜映おちついて。まず試合用の曲と振り付けを決めないと」
「かれん、いそいで衣装つくるね!」
「わたしも手伝う! そうだ、みんなでまた合宿したいなっ」

 興奮して一向に止まる様子の無いやり取りを、咲也は微笑ましく見つめていたが、悪いと思いながらもおずおずと声を挟むことにした。

「え、えーっと。みんな、ちょっといいかな? 俺もだいぶ冷静になったから、みんなも落ち着いてほしい。まだ対戦相手も日取りも言ってないんだけど……」

 すみれがハッとして我を取り戻す。はにかみあう桜映と香蓮を気にしつつ、照れ顔でわざとらしく咳払いをした。

「こほん。……それで先生、対戦相手はどんなチームなんですか?」
「驚くぞ? うちに試合の依頼してきたのは、なんと聖シュテルン女学院だ!」
「うそ――」

 すみれが信じられないとばかりに口元をおさえる。
 桜映と香蓮もお互いを見合って言った。

「さえちー知ってる?」
「え、えへへ。知ってるような、知らないような?」
「……まぁ、そうだね。ダンス始めたばっかりだしね」
「そうですね。でも知っておいて損はないから、桜映も香蓮も覚えておいてね」

 すみれは苦笑しながら、よく読み上げた教科書のようにすらすらとそらんじた。

「聖シュテルンはトリニティカップの常連校よ。必修授業にダンスが含まれていたり、有名なトレーナーが多く勤めていたりして、関東でも特にダンスに力を入れていることで有名なの。学校内のチーム数も相当あって、校内選抜は文化祭と並ぶ一大イベントになるのよ」
「すみれちゃん詳しいね! 調べたんだ?」
「え? ええ……前にちょっとね」
「去年は地方大会のベスト8止まりだったけど、きっと今年は優勝目指して力を入れてくるぞ。これが相手チームのプロフィールだ」
「ありがとうございます! えーっとチーム名は<ステラ・エトワール>……かっこいいね! リーダーは一年生の九条院惺麗さんだって」
「二年生もいるみたいだよ。須藤千彗子さんかぁ。どんな人なのかなぁ」
「もう一人は、こっちも私たちと同い年の和泉晶さん……? いずみ? どこかで……」
「トレーナーについては書かれてないね。名前と学年以外書かれてないのは、相手に必要以上の情報を与えないようにするためかもしれない」
「練習試合なのに?」
「チームの方針によっては非公開にするところもあるね。こっちは隠すようなこともないし、みんなのプロフィールを簡単に送っておくよ。それで練習試合だけど――受ける?」
「「「お願いします!」」」
「うん!」

 三人の声がきれいに重なって、咲也はにっこりと微笑んでそれに応えた。
 桜映がはい先生! と元気よく手を挙げる。

「どうやって勝ち負けを決めるんですか? 本番みたいにお客さんを呼んだりするんですか?」
「いや、練習試合の慣習で、ギャラリーは呼ばないことになっている。大勢の前で踊る練習も必要なんだが……初めての試合だし、まずはステージで踊ることを経験しよう。勝敗についても、トリニティカップ実行委員会から審査員を派遣してもらい、技術点や表現点の評価で競う形になるだろうね」
「もちろん、本番の地方大会やトリニティカップでは、観客の支持数で勝ち負けが決まるわ。でも技術があってこそ素晴らしいダンスができるのだから、練習試合としては納得できるわね」
「なるほど~」

 二人の説明に桜映も香蓮もうんうんとうなずいていたが、ふと思いついて首をかしげる。

「でも最後は、お客さんに心から楽しいって思ってもらったチームが優勝なんだよね……」
「さえちー?」
「あ、ううん。なんでもないなんでもない。ステラ・エトワール、どんなチームなのかなぁ……うーーん!! 楽しみになってきた! それで先生、その練習試合はいつなんですかっ?」
「日程は来週末の日曜日。場所は相手のホームグラウンド、聖シュテルン女学院でだ!」
「ら、来週ですか? いくらなんでも時間が……」
「大丈夫だよっ。だって、すみれちゃんと香蓮と一緒なら、何だってできる気がするもん!」
「さえちーの言うとおり。かれんも、やる気まっくすだよっ」

 二人のきらきらした瞳で見つめられて、すみれはそっぽを向いて照れた。

「――わ、私だって、やる気十分なんだから」
「すみれちゃーん!」

 感極まって抱きつく桜映にされるがままになりながら助けを求めたら、面白がった香蓮までえいっと抱きついた。困って見上げた空は包み込むように暖かく、小鳥が三匹、仲良さそうにじゃれあっていた。咲也はにこにこしながら見つめていた。

「さあ、そうと決まれば練習だ! 試合まで時間がないぞ」
「ダンスも仕上げて」
「衣装も完成させて」
「やることいっぱいだね! みんな! がんばろー!」
「「「おー!」」」

 かくして初めての練習試合に向けて、ブーケは一丸となって猛特訓することになる。



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