夕方前の賑やかな商店街を、咲也は一人で歩いていた。 ぐぅ、とお腹が鳴る。通りには美味しそうな香りが漂っていた。 今日は休日だったが、練習したいと相談してきた桜映たちと一緒に学校に来ていたのだ。 午前中みっちりと踊りを合わせて解散した後も、軽く書類仕事をしていたのでこんな時間になってしまった。 外が明るいとつい時間を忘れてしまう。陽が長くなるにつれて残業時間も伸びている気がして、いかんいかんと反省する……そういえばお昼も食べ忘れていた。 買い物がてら、ぶらぶらとやってきた商店街だったが、食べようと決めていた定食屋は臨時休業で、チェーンのファミリーレストランも夜のメニューに変わりつつあった。牛丼は昨日、ラーメンはその前の日に食べたし、コンビニでパンという気分でもない。結局、偶然目に留まった喫茶店に入ることにした。 できたばかりなのか綺麗なお店だった。サンドイッチよりパフェに力を入れているようだったので、そっちでいいやとチョコパフェとコーヒーを注文して、はたと気づく。休日の午後に、雰囲気のいい喫茶店で一人パフェ。なんとなく周りの目が気になりはじめる。 冷静ぶってトリテンッターを流し見していると、咲也と同じように一人カフェをしている自撮り写真が流れてきてちょっと安堵したのもつかの間、よく見ると星司のアカウントだ。 タップすると同じ角度の決め顔が何枚も流れていてうんざりしたのでアプリを閉じた。 余計なお世話と知りつつ、表情くらい変えたらどうかとメールしている間にパフェとコーヒーと星司からの返事がやって来て、君こそ食レポばかりアップしてないで名所とか行ったらどうなんだと書いてあったので、憮然としながら撮ったばかりのチョコパフェをアップする。 「いや、旅行くらいいつでも行けるし。行きたいところがないだけだし」 それに一緒に行く友達いないしと思いかけたところで咲也は考えることをやめた。 時間をかけてチョコパフェをつつく。 会計が終わると、店員からレシートと何かのチケットを受け取った。 「福引券です。あちらの福引コーナーへどうぞ」 指差された場所はそれほど遠くなかった。通りに出ながら券面を眺める。 「1等はハワイ旅行かあ。俺も社会人になったんだし海外旅行くらい気楽に行けるようにならないとなあ。ええと他には……2等のカラオケやボーリングの利用券はいらないけど、その下のカップラーメンの詰め合わせと銭湯の回数券はいいなあ。外れてもポケットティッシュだし――うん、これはほとんど勝ち戦。今日はついてるぞ」 うきうきと福引の列に並ぶ咲也。 とはいえこういう運試しにはめっぽう弱いため、今回もどうせ当たるまいと、もうポケットティッシュをもらった気でいたのだが。 「――――おめでとうござーい! 2等の商店街お楽しみ券が大当たり~!」 「え。えええ? いえあの、ティッシュにしてもらえませんか」 「どうして? とってもお得なチケットですよ?」 「ええと、なんていうか近くに予定の合いやすい友達がいないので……いやいるんですけどカラオケに行く友達はいないというか、ボーリングや卓球に行く友達はなおのことというか、一人のことが多くなったというか」 「ははぁん。お兄さんそんなんじゃいけないよ! これ使って友達作りな!」 「ええっ?」 何を誤解されたか、ばしばしと背中を叩かれて送り出される咲也。結局、娯楽施設の利用券一式を手に福引コーナーを後にした。 しまらないなぁと頭を掻きながら、一人でボーリングや卓球をする姿を思い描く。 さらに星司を呼んで一緒に遊ぶ様子も想像してみた。 「無いな」 そして咲也は、鞄の奥深くにチケットを押し込んで忘れることにした。 いつも通り――咲也の休日は今日も過ぎていくのであった。 *** ブーケの練習にも熱が入り、すみれの指摘もこれまで以上に鋭くなっていた。 「桜映、またステップがずれてるわよ。香蓮はもっと表情を柔らかく。振付通りにするだけじゃなくて、気持ちを乗せて表現するの」 「うん! こうかな?」 「そうその調子。桜映もステップのところわかる?」 「こ、こう? ……う~ん、ここの振付って首と手をばらばらに動かしながらだからむずかしいなぁ。これぐらい別にいいんじゃないかな?」 「良くないわよ。ここはどうしてもぴったり合わせないといけないところだから。さぁ、もう一回!」 ワンツースリーフォーとすみれの刻むリズムに合わせて、同じパートを繰り返す。 桜映の動きは、これまでと比べれば格段に上手くなっていた。まだダンスを始めて間もないにも関わらずここまで踊れるようになったのは、ひとえに桜映と香蓮が真剣に練習してきた成果だとすみれは思っていた。 しかし、関東大会では周りのレベルも格段に上がる。これまで以上に細やかな気配りが要求された。 桜映のステップがぴったりと合った。しかし今度は腕の振りが少し遅れた。今までなら許容していたところだが、鬼になる気持ちですみれはもう一度指摘した。 「桜映、やっぱり遅れてるわ。もう一回やりましょう」 「えー? すみれちゃん、きびしいよ~……」 「文句言わないの。今の曲の完成度を高める約束だったじゃない」 「それはそうだけど」 「すみれちゃんは、さえちーならできるって思ってるから言うんだよ。ね、すみれちゃん?」 「もちろん。桜映も香蓮もとっても上達したからこんな指摘ができるのよ。桜映なら必ず出来るわ。だから頑張りましょう?」 「はぁい……」 桜映が自分でリズムを取りつつ、身体に覚え込ませるように振付を繰り返す。 簡単に上手くいくなら苦労はない。桜映は首をかしげながら、何度もやり直していた。 時計を見るすみれ。今日中にもう少し進めたかったが、下校時刻が近づいていた。 「それじゃ、今日はここまで」 切り上げたくない気持ちを振り払う。 焦りが、徐々にすみれの中に生まれ始めていた。
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