Trinity Tempo -トリニティテンポ- ストーリー



 満員のアリーナとスタンド席に静かな期待が膨らんでいく。
 薄く流れていたBGMがすっと途切れると、観客の興奮に火が放たれる。
 次の瞬間、華々しい音楽と光がスタジアム中を一気に輝かせた。

 立ち込めていたスモークが晴れていく。
 世界中の目線が集まったステージには、いつの間にか本選出場チームたちがずらりと並んでいた。

***

 トリニティカップ本選は3日間にわたって開催される。
 試合はすべてトーナメント方式で、全国の予選を勝ち抜いた24チームで優勝を争う。
 1日目は対戦順番のくじ引き、そして全8試合ある第1回戦を3チームごとに執り行う。
 2日目は1回戦を勝ち上がった8チームで第2回戦を、3日目は最後に残った3チームで決勝戦を行い、本年度のクイーンを決定する。
 今年も有力な候補が数多く名を連ねている。現クイーン『蒼牙』や関東大会1位通過の『ステラ・エトワール』はもちろん、沖縄予選で満場一致の1位通過だった『ティダ』や2年連続で東北地方代表になった『greenery』、初出場ながら型破りなダンスが鮮烈だった東海地方代表『金鯱』など、一筋縄ではいかないチームばかりだ。
 一度負ければそこまで。
 そう思うと、いくらすみれであっても良いくじ運を期待してしまうものだった。

「――花護宮高校・チーム『ブーケ』。Aブロック2番」

 ステージ上に横並びに立つ全24チーム、総勢72名。
 いま観客すべての視線が、この24チームに向いている。
 リーダーとして1歩前にいる桜映の肩がカチコチに緊張しているのがよくわかった。
 すみれも緊張しているが、それ以上にじれったい。
 対戦の順番が1チームずつ読み上げられていくのがもどかしかった。くじ引きは事前に行われていたが結果はまだ知らされておらず、このステージ上で初めて発表されるのだ。
『ブーケ』の名前は、司会者のアナウンスに合わせて、トーナメント表が映された巨大モニター上の24個ある枠の上から2番目に入った。
 3チームで1試合を行うが、残る2つのうち片方はまだ空欄で、もう1つには北海道大会の2位通過のチーム名が表示されていた。

(Aブロック――よりにもよって初戦なんて。ついてないわ)

 そう思っていると、隣から香蓮が小声でささやいた。

「これって、かれんたちは2番目にダンスするってことかな?」
「それはまだ分からないわ。このくじ引きはあくまでブロック分けのもので、各ブロック内のステージの順番は直前に発表されるみたい」
「そうなんだ。じゃあ一番最初かもしれないんだねえ。そうだったらやる気満タンのままステージに出られるから、そしたらかれんたちすっごくラッキーだね」
「え? 必ずしもそうとは――って、ううん……何でもない。香蓮の言うとおりね」

 まるで何の気負いもないかのように、香蓮は小さくウインクをしてみせる。
 しかし緊張で強張る口元までは隠せていなかった。すみれを安心させるための強がりだと分かった。
 すみれは口元を緩めて、ありがとう、とうなずいた。

「香蓮? すみれちゃん? 何か言った?」
「桜映は前を向いていて。何でもないから」
「やっぱりムリムリ、膝震えちゃう! 前代わってすみれちゃん!」
「さえちー、しっかり! ファイトだよ!」

 小声にしなくてもアリーナを埋め尽くす観客たちには聞こえないだろうが、まごまごしていると目立ってしまう。すみれと香蓮は心を鬼にして桜映の頑張りを応援した。
 続いて惺麗たちのチームが発表された。

「聖シュテルン女学院・チーム『ステラ・エトワール』。Bブロック11番」

 一部の観客から拍手が起こり、早くも惺麗たちの人気ぶりがうかがい知れた。
 一度喋って我慢が切れたか、また桜映がばれないようにこっそりと話しかけてくる。

「ステラは別ブロックになっちゃったね。じゃあ対戦するとしたら……」
「決勝戦だねえ」
「えええー! そんなぁ」
「桜映、前、前」

 ちょうど撮影ドローンが桜映の前を通り過ぎて、口を開けた桜映の顔を映して飛んで行った。
 桜映は静かになった。

「――続いてはこのチーム。クイーン・オブ・トリニティ、獅子王大学付属高校・チーム『蒼牙』」

 本日いちばんの拍手が会場から湧き起こる。名実ともに人気トップの証拠だ。

「すごいねぇ。こんなにみんなに人気だったら、ダンスする前に優勝が決まっちゃいそうだよ」
「そうならないように評価基準は事前に公開されているわ。ビジュアル・演出・テクニック・協調性・特別配点の5軸で合計50点。審査員は3名だから150点が最高点。実力度外視で勝敗が左右されてしまうようなら、こんなに世界に注目される大会になっていないはずよ」

 とはいえ、主催企業である三神ホールディングスとつながりがある『蒼牙』に疑惑の視線が向けられたことがなかったわけではないようだ。ネットニュースや週刊誌の紙面では、謂れもない疑いや根も葉もない噂が数えきれないほどに書き散らされ、そして消えていった。それらは概ね『蒼牙』のダンスステージを観ずに書かれたものだった。
 消えていったのは、ステージを観たら黙るしかなかったからだろうと思う。
 それほどに歴代『蒼牙』のステージは驚愕の連続だった。
 過去の動画を見るだけでそう感じたのに実際に目の前で観てしまっても耐えられるだろうか――そんなことをすみれは半ば真剣に心配している。
 だから――

「チーム『蒼牙』。Aブロック1番」

 第1回戦で対戦することになって、さすがに心の準備ができていない、と思った。

***

 スタジアムを熱い暗闇が支配している。
 出場校は一旦控室に戻され、ステージ上は熱を帯びた視線が注がれるだけの空間になった。
 まだかまだかと逸る観客へ、司会者が大会のルールを説明していく。
 ステージ下の中継カメラと会場内を飛び回る撮影ドローンがその様子をネットに発信し、世界中の何百万人もの観客の期待を煽っていく。

  「とうとう始まります。第11回トリニティカップ、1回戦第1試合のトップバッターを飾るのは――関東地方代表・チーム『ブーケ』!」

***

 ポップな音楽に合わせてステージ下から飛び出したのは、ピンク・水色・黄緑の鮮やかな3つの花。
 満面の笑顔と大きな振りで、ステージをまるで満開の花畑のように変貌させる。
 続いて奏でられた歌声が軽やかに耳を打つ。歌詞の可愛さがさらにダンスを活き活きとさせていく。
 聴かせる歌ではなく聴いてもらう歌、圧倒するダンスではなくワクワクする振付に、会場中の観客が知らず知らず肩を揺らして笑顔をこぼした。

「可愛いね」「歌とダンスがぴったり合ってる」「すっごく楽しそう」「結構好きかも」
「でもダンスのレベル的にやっぱり蒼牙でしょ」「あんたガチめの蒼牙推しだもんね」

 ふとセンターで踊っているピンク色の衣装の子と一瞬だけ目が合った。そんな気がした程度の瞬間。
 自分だけに向かってその子が片目をぱちりとウインクしてみせた。
 心が少し温かくなった、そんな気がした程度の出来事。

「推せるわ」「急に?」

『楽しい』が伝播していく。
『もっと見たい』に変わる。
 1曲なんてあっという間だ。
 3人ぴったりと揃ったポーズで踊り切ると同時に音楽がフェードアウトして。
 センターの子がとびっきりの笑顔で跳び上がる。

「もう1曲、いっくよ――!」

 トリニティカップ本選は予選と違って2曲で1ステージだ。
 関東大会の動画を見た観客も知らない、初披露の曲に会場がさらに沸く。

「あたしたちはチーム『ブーケ』! よろしくお願いしまーす!」

 前奏中に呼びかけるチームなんて見たことがない。
 トリニティカップはダンスを披露する大会だった。全身を駆使した振りと表現力、3人の息の合ったチームワークに魅了されるエンターテイメントだった。
 ダンスの巧さに魅入って息をするのも忘れてしまうのが正しい姿で、こんなものもうトリニティカップではない。
 そう思うのに、歌によって描かれるストーリーを、感情豊かに表現していくダンスから目が離せない。
 広いステージの端から端までをきちんと意識した距離感。あまりに簡単そうにやってのけているが、見えない位置同士の3人がぴったりと動きを揃えているのにも思わずため息が出てしまう。
 繰り返し、何百回と練習したような安定感。
 紛れもなく、これはダンスが主役のステージだった。

「こんなのトリニティカップじゃないじゃん」「そうね、いままでのトリニティカップじゃない」
「なんていうか」「うん」「良いかも」

 2曲目が終わる。
 汗の玉が流れても笑顔で踊り切ったチーム『ブーケ』に、惜しみない拍手と歓声が送られた。
 ステージの上の3輪の花束が、声を揃えて礼をした。

「「「ありがとうございました!」」」

『ブーケ』がステージからはける。途端にステージの演出が切り替わった。
 春めいた色のライトは青みがかった雪の白色に。
 休む間もなく司会者がアナウンスした。

「続いて2チーム目の登場です。披露するのは北海道地方代表・チーム『雪蒼穹』」

『雪蒼穹』の3人がステージ下から静かにあらわれた。センターはもこもこの衣装を着た子だ。
 俯けた瞳をすっと上げると、音楽とともに、透き通った声が響き渡った。

「このチームも歌ありか」「楽しみ」「声めっちゃきれいじゃない?」

 スローテンポで幻想的な曲調だった。澄んだ歌声はまるで氷同士を打ち合わせたような透明感で、そこへ他の2人のウィスパーボイスのハーモニーが重なって、独自の世界を生み出していた。
 テンポの遅い曲はダンスも歌も誤魔化しがきかない。たった少しの呼吸の長さが、たった数センチの足の踏み出し位置のミスがそれだけで目立ってしまうのに、敢えて挑戦するチームは大体がダンスに自信があるチームだ。

「聴き惚れる」「歌上手いね。こういうの好き」「待って。さっきのブーケより良い」
「ダンスはあんまり上手くない?」「どうだろ」「なんかいまズレたっぽい。ミス?」

 神秘的な歌声に誘われて、雪に覆われた深い森を1歩ずつ奥へ奥へと進んでいくような曲だった。
 最初はリズムに沿ってぴったりと揃っていた振りに、不協和音が混ざり込むように、1つまた1つと不規則な動きが見られはじめる。立ち並ぶ木々を表すようにすらりと伸びた腕が、裏拍のタイミングで急にがくんと折れ曲がる。無表情だった両側の2人に時おり不気味な笑みが浮かぶ。
 半拍ずつ、そしてさらに4分の1拍ずつ、3人の動きがずれていく。時おり赤色のスポットライトがステージに突き刺さる。
 歌声だけがどこまでも澄んでいて、視覚と聴覚のちぐはぐさがさらに観客の不安を煽っていた。
 緩やかな曲調のまま、1小節を幾つにも分割するように3人の振りだけが加速していく。3人の動きはタイミングが全く揃っていないのに、リズムをしっかり捉えていて破綻しない。揃っていないのに揃っている、ハイレベルな構成だった。
 やがて、歌詞の中の登場人物が終着点にたどり着いた。
 ステージを照らすライトが、打って変わって白銀の世界を演出する。
 今までのちぐはぐさは一転、穏やかに整った世界を歩いていく。センターの子が空に向かって手を伸ばして、そして大事そうに胸の前で握りしめる。安心したような微笑みを客席に向けたところで、音楽が止まった。
 1曲目が終わった。
 呆気にとられたような観客へ、3人は年相応にパッと笑った。それを合図に2曲目のステージが始まる。
 2曲目は北海道予選で既に踊っていたものだった。クラシックを現代風にアレンジした曲調で、歌唱パートはない。難度の高い振付ではなかったが3人のチームワークによって実際以上に整って見えた。
 のめり込むような世界観を全力で表現していた1曲目と、チームとしてのダンスパフォーマンスを前面に押し出した2曲目。
 そのギャップに観客は魅了された。

「良かった!」「じっくり見入ってたわ」「もう一回1曲目から見たい」
「今年の大会はすごいとこばっかりだね」「1回戦から目が離せないわ!」

『雪蒼穹』の3人が礼をしてステージを下りていった。
 会場もオンラインもなかなかの反応だ。
 早くも『ブーケ』が良かった『雪蒼穹』が良かったと感想が飛び交っていた。
 ステージが暗転して、次のチームのために準備される。
 間もなく司会者のアナウンスが響いた。

「1回戦第1試合、最後のチームの登場です。近畿地方代表・チーム『蒼牙』!」

 チーム名が呼ばれた途端、会場中に歓声が轟いた。
 ステージの下からゆっくりと『蒼牙』の3人が姿を現す。スタートポジションにしゃがんで曲が始まるのを待っている。
 歓声が引いた一瞬の隙間を、原色のペンキのようなシンセサイザーの最初の1音が塗りつぶした。
 いつの間に立ち上がったのか分からない――それぐらい機敏な挙動だった。「音が聞けている」と表すのもおこがましいような、3人が生音を奏でているのかと錯覚するほどの一体感。
 それでいて動きは大きく緩急のメリハリがあり、そして激しい。頭で膝で腰で指先で、どこまでが振付でどこまでがアドリブなのか、1つの振付の中で取る音が数えきれないほどに多い。
 ダンス経験者になればなるほど、込められた情報量に理解が追いつかなくなる。
 独りよがりにならない理由が分からない。センターの振りはライト側の見せ場に繋がって、その隙にレフト側が位置を変えて次の振りに繋げる。主役というボールをパス回ししているようだ。会場中の視線を目まぐるしく奪い、そして唐突にピタリとセンターに戻された。その瞬間、センターの子の高音域のシャウトが観客全員の心を貫いた。
 火花が散ったような錯覚を、会場中の観客が覚えた。
 そこで――まだ、イントロが終わったばかりだと気づいて愕然とする。
 蒼牙の歌が、始まる。

「ヤバい」「ヤバい」

 呼吸を忘れるということを、多くの観客たちが初体験した。
 誰しもが押し寄せる圧倒的なパフォーマンスの奔流の中に溶けて消えてしまったように、『蒼牙』のパフォーマンスに見入っていた。  しかも初披露の新曲だ。こんなもの、盛り上がらないわけがない。

「ヤバい!」「ヤバいやばい!」

 SNS上で早くも『『蒼牙』ヤバい』がトレンドに上がる。
 アップテンポの音楽がガンガンにかかっていて歌詞なんか入ってこない。しかしダンス自体が何よりも雄弁に言っていた。  私たちを見ろ、君もどうだ、新しい世界に連れて行ってあげる、と。
 挑発するような瞳が観客たちを誘う。

「やっぱ」「やっぱり」「どう考えても」「もう絶対」

 1曲目が終わる。間髪入れずに2曲目が始まる。これも新曲だ。一体何曲仕上げてきたのかと考えるとゾッとする。それは畏怖という名前の快感に違いなかった。
 誰もが『蒼牙』のステージに心酔した。

「『蒼牙』――!」「『蒼牙』!」「『蒼牙』!」

 2曲目を終えて肩で息をする『蒼牙』の3人がいるステージ上へ、司会者と『ブーケ』と『雪蒼穹』が上がってくる。
 審査員による点数発表の時間だ。

「『ブーケ』――ビジュアル26点、演出29点……総合132点」
「『雪蒼穹』――ビジュアル25点、演出27点……総合129点」

 点数が発表されるたびに、観客から拍手が送られる。
『ブーケ』のメンバーは礼をした後、客席に向かって「ありがとー!」と大きく手を振っていた。
『雪蒼穹』はもじもじしながら、恥ずかしそうに頭を下げていた。
 観客の拍手はすでに、健闘を称えるようなそれだった。

「『蒼牙』――ビジュアル29点、演出30点……総合149点!」

 大きな拍手に迎えられて『蒼牙』が1歩前に出る。
 自然体な仕草で客席に感謝を伝えると、観客はいっそうの拍手で応えた。

***

 ステージがマグマのように熱かった分、廊下は少し肌寒かった。
 控室に戻る途中で、すみれは、いつの間にか足を止めていた桜映を振り返った。

「桜映?」

 気づくのが数歩分遅れたのは、考え事をしていたせいだ。
 とりあえず片付けをして東先生と合流しようとか、桜映と香蓮は落ち込んでいないだろうかとか、さっきのダンスの反省点はどこだっただろうかとか、自分は大きな大会の経験者なんだからこういう時しっかりしなきゃだとかに、気を取られていたせいだった。
 桜映は返事もなく、俯いている。表情は乏しい。

「さえちー?」

 どこか怪我をしたのかと、心配した香蓮が顔を覗き込む。
 桜映は悩むように眉根を険しくしていたが、やがてためらいながら口を開いた。

「――『蒼牙』のダンス」

 それ以外にないわよねとすみれは思い、うなずいて桜映を促した。

「ギラギラしててかっこよくって、ダンスってこういうのなんだって――あたしが初めて見て大好きになった『蒼牙』はやっぱりすごい人たちだったなぁって思って」
「うん」
「――なんていうか、負けちゃったのもそりゃそうだよねって思うくらい、すっごくかっこよかった。かっこよかったんだよ? すっごくかっこよかったのに……でも、でもね――」

 ――続く言葉が、わかった。
 あんなステージを目の当たりにしたすぐ後なのに、と思うと同時に。
 それはきっとすみれがいま一番欲しい言葉だ。
 桜映は息を吸って、あふれる気持ちを一気に吐き出した。

「でもね、あたしたちの方がみんなを笑顔にしてた。あたしたちのダンスは負けてない!」

 すみれの心の隙間にぴったりと収まる。
 ステージの上から――驚くほどはっきりと見えた観客の顔。
 太陽よりも熱いスポットライト。いつまでも浴び続けていたかった声援の雨。
 声の伸びもダンスのキレも誇らしいくらいだった。ミスなんかなかった。他の誰にも負けてなかった。
 桜映と香蓮とすみれ、3人だから作ることができたステージだ。
 桜映の言葉に、間違いなんて何もない。

「――なんて。そんなの、子供みたいなのかもだけど」
「そんなことないわ。私もモヤモヤしてたの。桜映が言ってくれたから気づくことができた」
「すみれちゃんも?」
「かれんもだよ。かれんたち、結構すっごかったよねえ」
「ええ、とびきり凄かったわ」

 3人で顔を寄せると自然と笑顔がこぼれた。笑いながら泣きそうになるのをすみれは我慢した。
 負けたからではない。独りでバレエをしていた頃には味わえなかった気持ちだから、こぼれてしまうのが惜しかったのだ。

「でも2人とも、直すところはまだまだたくさんあるんだから。帰ったらみっちり練習よ」
「え、ええー! いまさっき褒めてくれたとこだったのに……」
「今できるなかではって意味だったのよ。もっと磨いていかないといけないわ。技術と感性と、私たちらしさを」
「そしたら、『蒼牙』にも勝てる?」
「もちろんよ。桜映と香蓮の魅力がステージに活かせたら、無敵なんだから」
「ほんと!」
「じゃあかれんはすみれちゃんの魅力も応援しちゃうよ。気合い入っちゃうね!」
「ふふ、ありがとう香蓮。それじゃ早速だけど、桜映のイントロの振りにアドバイスいいかしら」
「ま、待って待って! 1回休憩してからにしよ! お水お水――」

***

 曲がり角の向こうまで響く声に、大河は思わず口元が緩む。

「元気だな。花護宮高校の面々は」

 エレベーターを待っている間に聞こえてきたら、聞かないわけにもいかなかった。
 フルマラソンに匹敵しそうなステージを終えてもケロッとしていた理央奈が顔を赤くしている。
 共感力は高いほうだ。普段なら「そんなこと言ってる間に練習したら?」などと言いそうだが、『ブーケ』の面々につられて感傷的になっているようだった。なんかここ暑くない? と手で顔を扇いでいた。

「なに」
「いや。ふふ、何でもない」
「はぁ?」
「さあ、エレベーターが来たようだ。行こう。――それにしても『あたしたちのダンスは負けてない』か。言われてしまったな」 「どう見てもアタシたちのが勝ってるし。負け惜しみは控室でやってって感じ、ほんと」
「……ハンカチ、いる?」
「なっ、違うから! さっきの廊下が暑かっただけだし」
「……汗用」
「わ、わかってたし! じゃ、折角だし使っていい?」
「もってなかった」
「~~~……!」
「理央奈、エレベーターが揺れる。下に着いてからにしてくれ」

 口では窘めながら、大河も口元を隠して笑っている。

  「花護宮高校、チーム『ブーケ』か。前情報よりも骨のあるチームのようだ。――無論、私たちは負けていないが。先ほどのステージの後でそう言える者は、そうはいまい」
「まぁ、あたしらキレッキレでダンスできてたし? 負けてるとこなんか1つもないけど? あんな大口叩けるメンタルが残ってるなんて信じらんない」
「次の機会があるならまた競い合ってみたいものだ。何度立ち上がれるかには、少しばかり興味がある」
「……ふたりとも。嬉しそう」

 大河と理央奈は、どこか子供っぽい顔でアリサを振り返った。
 3人は『蒼牙』の控室まで戻ってきた。大河がドアを開けると、阪井が腕組みをして立っていた。

「あんたたち、ちょっと上手くできたからって調子に乗ってんじゃあ――って、あらら? てっきり天狗になってるだろうと思って鼻っ柱を折ってやるつもりだったんだけど」
「はい。次のステージはさらにパフォーマンスを上げてみせます」
「? まあ気合抜けてないなら言う事ないけど。それよりちゃんと花護宮相手に完勝してくれて感謝するわ」

 はいこれ、とスポーツドリンクの入った紙コップを大河たちに回すとかんぱーい! と飲み干してみせた。

「ぷはー! いまごろ理事長も気分良く笑ってるはずよ。あー本当よかったよかった!」
「いや、先生の方が気合抜けてんじゃん!」
「そうです。まだトーナメントは続くのですから、しっかりと気を引き締めていただかなくては」
「固いこと言ってんじゃないわよ。嬉しいときに喜ばなきゃ心にシワができるわよ。メリハリ、メリハリ!」
「喜びのポイントが超自分本位なんだけど……大丈夫なのトレーナーとして」
「なるほど。勉強になります」
「大河は大河で真に受けないの!」
「……リオナ。ちーず」
「は? ちょっと、写真撮った? 何用?」
「トリテンッター」
「ちょ! マジやめて! 『蒼牙』のイメージが崩れるから!」
「ちぇー」
「当たり前でしょ! 笑ってないで大河も止めて!」
「別にいいだろう。嘘偽りのない我々の姿だ」
「そうだそうだ!」
「ブランドイメージ気にしてたの先生でしょーが!」
「ちーず」
「また! ――撮れた? もういい?」
「動画」
「ア・リ・サ~~~!」

 手近な椅子にどっこいしょ、と座って、楽しそうに阪井は3人の様子を眺めた。

「この大会が終わったらね」

 聞いたことのないほど優しい声だった。

「今度はいまみたいな、アンタたちの素の姿をメディアに出していこうと思ってるわ。孤高の絶対王者『蒼牙』じゃなく、可愛げたっぷりな3人の高校生の姿をね。楽しみにしてなさい」
「えぇ……それ、マジのやつ?」
「……」
「いいのですか? 三神理事長の方針に反しそうですが」
「大丈夫だいじょーぶ! どうにかするわよそんなもん。だって、アンタたちは『蒼牙』である前にアンタたちだもの。凄い凄いって騒がれるのが『蒼牙』ってブランドだけなんてもったいないでしょ」
「いや、アタシは別にいいし……」
「我々と『蒼牙』は不可分です。『蒼牙』の評価が上がることに抵抗感はありませんが」
「つべこべ言わない! 決定事項だから! いまから覚悟してなさい」
「わかりました」

 素直に言う事を聞く大河。意外と悪くない様子のアリサ。理央奈だけは嫌そうにしていたが、ちゃんとついてきてくれるだろう。阪井は誰にも聞こえないようにありがとうと言った。

「――それじゃ! さっさと着替えて撤収! 別室でストレッチしながら他チームの研究するわよ」
「「「はい!」」」



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