控室で着替えを終えて―― 客席に戻ってきた桜映たちは、会場の後ろの方からAブロック最後のパフォーマンスを観ていた。 ステージはまるで空に輝く星のようだ。 *** 桜映たちが控室に戻ったとき、最初に見えたのは咲也の嬉しそうな顔だった。 「皆、おかえり! 最高のステージだった!」 興奮冷めやらぬといった、普段見たことのないようなテンションの高さに面食らっているうちに、咲也はブーケのステージのどこが良かったかを一つ一つ挙げていった。 「春日さんは特に気持ちがこもっていたね。リズムもタイミングも完璧だった!」 「水川さんは2人をよく見てフォローしていたところに感動した。自分の振りも完璧に踊りながら、自然にこなしていたのがまた凄い!」 「芳野さんは振りの難度が高いところも楽しんで踊れてたね! 一番いい笑顔だったよ。コーラスを入れながらのあの振り付けはちょっと難しすぎるんじゃと心配してたけど、そのままにして良かった! 一気にステージが華やいだ――」 「それと3人のコンビネーションは非の打ち所がないっていうか。3人が仲良しなのが全力で伝わってきたし観ていて温かくなるような――」 「サビのターンも、その後の笑顔も最高に可愛かった! たくさん練習してきたのが存分に発揮できたと――」 「衣装と曲と演出のコンセプトがバチっとかみ合ってるのがまた――」 「会場のお客さんもみんな笑顔で楽しそうに肩を揺らしていて思わず俺も――」 「2曲目に入るときの呼びかけにはびっくりしてしまって――」 「でも春日さんの笑顔には何故か妙に説得力があって、でもそれは水川さんと芳野さんがいるからこそであって――」 「あとそうだ、1曲目の出だしも良かったんだった! 肩の力が良い感じに抜けていて、観ているお客さんの緊張もほぐしていたのが凄くって――」 「そこへ春日さんの綺麗な歌声が入ってくるんだから、もう盛り上がるしかなかった――」 「初めてのステージとはまるで思えない。想像以上だ! 皆、本当に凄いよ!」 「それと他にも」 「あれとあれとあれも」 「そうそうあれも――」 褒めて褒めて褒めまくられた。 「――ちょ、ちょっとちょっと先生! 東先生!」 咲也の言葉はまったく途切れる気配がなく、桜映は相槌を打ちながら言葉を挟むタイミングを探してまごまごした。すみれは一旦最後まで聞くつもりのようで礼儀正しく返事をしていて、香蓮は真面目に受け取りすぎて「えへへ。そうかなあ、そうかなあ」と照れ顔で後ろ髪を撫でつけていた。 だんだんとその気になり始めたところで、気恥ずかしくなった桜映が無理やり割り込んだ。 「褒め過ぎ、褒め過ぎだってば!」 「えへへ……かれんたちってば、やっぱりとってもすっごかったよねえ」 「もちろん! 皆、まだダンスを始めて数ヵ月なんだ。それなのにこんなに最高のステージを踊ることが出来た! 君たちはもっともっと伸びるよ。トレーナーの俺が保証する。……もちろん、君たちがまだダンスを好きでいてくれるなら、だけど……」 「? あたしはダンス大好きです!」 「かれんもです!」 「変なことを言いますね……それより東先生、良かったところだけではなくて直すところもアドバイスをお願いします。いくつか気づいたことはありますが、先生の意見を踏まえて考えたいので」 「そうだよ! 次は絶対勝つんだもんねっ!」 「うん! 頑張っちゃうんだからね!」 「――そうか。そうか! はは――うん、そうだよな!」 「? 変な先生!」 当たり前のことなのに咲也があまりに嬉しそうだったから、桜映たちもつられて笑っていた。 その時にはもう忘れてしまっていた――負けてごめんなさいと謝ろうと思っていたことを。 「それじゃ早速――」 「あ!」 時計を見た桜映が再び遮った。 「惺麗ちゃんのステージってもう始まっちゃう? まだ大丈夫ですか?」 「まだ少し時間はあるけど。でもそろそろ控室交代の時間ね」 「じゃあ、急いで着替えちゃおっか。衣装回収するよ~」 「あ、ああそうだね。それじゃ俺は外に出て待ってるよ。ははは……やっぱりしまらないな」 「ご、ごめんなさい!」 「いや、いいんだ。まずは他チームのステージをじっくり観よう。きっといい勉強になるからね」 ドアの向こうに咲也を待たせて、桜映たちは手早く着替えを済ませることにした。 ついでに香蓮が衣装のほころびや破れが起こっていないかをチェックすると、綺麗にたたんで鞄にしまった。 「汗びっしょりだ。ホテルに帰ったら洗わないとだね」 「ホテルのランドリーは、使えないわよね。私もやるわ、香蓮」 「あたしも!」 「ううん。任せて任せて。特にさえちーのは気持ちだけもらっとくよ」 「えー! なんでー!」 一方、廊下に出て3人の準備を待つ咲也は頬をほころばせていた。 まだダンスを好きだと言ってくれたこと。いつかある次のステージに向けて気持ちを切り替えていること。 敗北の後で同じ気持ちでいられる、3人の絆の強さに心の底からほっとした。 「はは……本当に俺は、しまらないな」 その反面――勝たせてあげたかったと。 トレーナーとしてもっとできることはなかったかと思うと悔しくて。 彼女たちが泣いていないのに泣くわけにはいかないと天井を仰いで、待った。 *** 「終わっちゃったね、トリニティカップ」 着替えて観客席にやってきた。 ステージではAブロックの第3試合が繰り広げられていた。今ステージに立っているのは沖縄地方代表の『ティダ』だ。攻撃的で激しい、難度の高いダンスだった。 キラキラして、ステージはまるで輝く星のようで、伸ばした手の甲越しの瞬きのようだ。 こうして見ていると先ほどまであの場所に立っていたのが嘘のように思えてくる。 「全部夢だったのかも、なぁんて」 「かれんもまだ半信半疑だよ~」 「そうね。まだずっと心臓がどきどきしてる気がするわ。こんな気持ち初めて」 「うん。あたしも――まだしてる。ふわふわして、キラキラな感じ」 「もしかして、ほんとにみんなで見ている夢だったりして。目が覚めたら新幹線の中で、これからトリニティカップが始まるの。そうだったらどうする?」 「もしそうだったら……みんなを起こして、もう1回『蒼牙』とダンスする!」 「寝ぼすけなさえちーよりかれんの方が早く起きちゃうもんね」 「ええっ? 負けないよ~!」 目の前の試合が終わる。1回戦を突破したのは『ティダ』だった。 Aブロックの2回戦の対戦校が決定する。『ティダ』『金鯱』そして『蒼牙』だ。 「『蒼牙』のダンスはすごかったなぁ……」 続くBブロックの第1試合では、関東地方代表『ステラ・エトワール』が登場だ。 ステラという名前にふさわしい優美で煌びやかなダンスは、本当に夢見心地にさせられるぐらい幻想的だった。 対戦相手の中国地方代表『kibiDango』と東北地方代表『Milky wheel』を下して2回戦進出を決める。 惜しみない称賛が会場中から送られる。桜映たちも立ち上がって顔を真っ赤にしながら最後まで拍手したあと、座って一息つく。 「やっぱり、惺麗ちゃんたちはすごいね」 「すごいなんてものじゃなかったわ……他チームもさすが全国レベルだと思ったけれど、なんていうか、全然違う……」 「そっか……」 ぽつりと桜映が呟いた。 「もっと踊りたかったな……」 その桜映の手を隣の席からすみれと香蓮が握る。3人は顔を見合わせてはにかんだ。 Bブロックは『ステラ・エトワール』のほか、四国地方代表『フルーツバスケット』と東北地方代表『greenery』が2回戦へ駒を進めた。 続くCブロックもパワフルなステージが会場を大いに沸かし、中国地方代表『鳥雀』と北陸地方代表『キュアエイド』が2回戦進出の切符を手に入れた。 そうして例年以上の盛り上がりのなか、初日の全試合が終了を迎えた。 *** 期間中は毎日開会式と閉会式があり、全チームがステージに登壇するのが規定になっている。 負けたからといってすぐに帰ることができないのが辛いところだが、全試合を間近で観られるのは嬉しい計らいだ。 横並びに並んだ24チームから、司会者のアナウンスを受けて勝ち抜けチームが前に出る。 「Aブロック2回戦進出は『蒼牙』『金鯱』『ティダ』。Bブロック2回戦進出は『ステラ・エトワール』『フルーツバスケット』『greenery』。Cブロック2回戦進出は『鳥雀』『キュアエイド』。以上8チームとなります」 続いて三神皇がマイクを握った。 「勝ったチーム、1回戦突破おめでとう。負けたチームは残念だったね。でも僕は君たちのダンスをもっともっと見たかった! 君たちはどうだろう、もっともっと踊りたくはないか? 観客の皆さんも、もっともっと見たくはないですか?」 応援していたチームやもう一度観たかったダンスが、それぞれの脳裏によみがえった。 もしかして、と客席がにわかに期待に彩られるまでほんの少しだけ言葉を止めてから、皇は続けた。 「そこで――今年は敗者復活戦のルールを採用して、1チームのみ2回戦第3試合への進出枠を用意した! 1回戦敗退の全チームに権利があるバトルロイヤルを行おうじゃありませんか!」 会場全体がざわめいた。予告のないルール変更など大会始まって初めての出来事だ。 観客や参加チームはおろか、司会者すら驚いた顔で皇を見つめている。 負けたチームの瞳に次第に熱が戻る。 「さらに今年は追加ルールだ。皆さんも見ているだけじゃ物足りないんじゃありませんか? 今回は、敗者復活戦そして決勝戦にて、リアル・オンラインの観客の皆さんから投票を受け付け、それを順位に反映します! 勝敗に直接関与できる! ぜひご参加ください!」 背後のモニターに詳しいルールが表示されるところを見ると、サプライズとして事前に準備されていたことが窺えた。 「またここで踊れるんだ……」 「桜映!」 「さえちー……!」 「ふたりとも……もう1回、ステージいける?」 「何回だって平気よ」 「気合じゅうぶんだよ!」 「うん、うん――! 次はもっと、観ているみんなを笑顔にしちゃおうね!」 司会者にマイクが戻る。戸惑いが収まって、観客も出場校もぎらぎらと燃えている。 「開始から怒涛の展開を見せる第12回トリニティカップ、これにて1日目を終了します。2日目も波乱の予感が渦巻いています! 観客の皆様も出場校の皆様も、どうぞお見逃しなく――!」
|