Trinity Tempo -トリニティテンポ- ストーリー



 決勝戦の幕が上がる。
 最終日に執り行われるのは決勝戦ただ1試合だけ。
 長蛇の列が、開場前のBFスタジアムの前で今か今かと胸を焦がせている。

 決勝戦の幕が上がる。
 例年になかった期待がスタジアムを包んでいた。
『蒼牙』のための消化試合ではなく、誰が勝ってもおかしくない決勝戦なんていつぶりだろう。
 集まった誰しもが楽しそうに優勝を予想し合っている。

 決勝戦の幕が上がる。
 女王たる『蒼牙』か。『ステラ・エトワール』か。『ブーケ』か。
 物言わぬステージが厳かに観客たちを迎え入れる。
 キンと冷え切ったアリーナが熱狂にあてられるのを心待ちにしている。
 もう幾ばくもない。あとほんの数時間で始まって、そして終わってしまう最後の試合。

 決勝戦の幕が上がる。――今年のクイーンがここで決まる。
 食い入るような視線の中で、いま3チームがステージに登場する。

***

 薬師堂はるはそのステージを2階席から見つめていた。
 開幕からアリーナに笑顔の花を咲かせていくのは花護宮高校・チーム『ブーケ』だ。

「みんな、一緒に踊ってねー!」

 センターの子――春日桜映の掛け声ひとつで、緊張気味だった観客たちの表情が和らぐ。
 その様子は同じステージに立ったからこそ信じがたい。桜映たちにしか使えない魔法だと思った。ダンスをすることが楽しくて、楽しいからみんなと分かち合いたい。そんな気持ちにあふれていることが、俯瞰で見るといっそうよくわかった。
 はるの隣から、まなぶが肩を揺らしながらささやいた。

「『ブーケ』のダンス、真似してみた動画がまた増えてたよね」
「歌を歌いながら真似してるのも上がってたよね」
「振付が簡単だからアレンジもしやすくて、友達と一緒に盛り上がれるところがポイントだったね」
「それだ。まなぶ、私たちも踊って動画上げてみよっか!」
「いいかも。会場の前でやったらバズったりして」
「うんうん! ミチルも一緒にやろうよ。ミチルが可愛いダンスしてるとこ見たいなぁ」
「いいわ」
「だよねぇ。やらないよねぇ……」
「残念だけどミチルちゃんのジャンルじゃないもんね」
「だから、やってもいいけれど」
「「うそ!?」」

 目を丸くして大げさに喜ぶ2人が、周りの観客に白い目で見られて静かになる。
 ミチルはステージから目を離さないまま、独り言のようにこう言った。

「来年も同じチームに負けたんじゃ癪だもの。ちゃんと研究して成長の糧にするわ」

 はるも、まなぶも――力強くうなずいた。

「次は」
「次こそは」
「ええ、次は――」

 ピンクや水色や黄緑色の衣装が会場を楽しさいっぱいに跳ね回る。
 最後の投票のためのペンライトも、いまこのときは思い思いに彩られたカラフルなエールの一つだった。
 会場を一面の花畑にした『ブーケ』の1曲目が終わる。
 2曲目は残り2チームのステージの後に披露される。拍手と声援に後ろ髪を引かれながら『ブーケ』はステージ下へ降りていった。

***

 突然の暗転、そして叩きつけるような低音。
 響き渡るリズムが『ブーケ』の余韻に浸っていた観客を一斉に黙らせた。
 真っ暗な闇が『ブーケ』が生み出したすべてを塗り潰して、少しずつ早まるリズムが観客の期待を煽っていく。
『蒼牙』が来る。『蒼牙』が来る。『蒼牙』が来る。
 時間にして10秒にも満たない束の間で、『ブーケ』から観客の心を掻っ攫ってしまった。
 それが虎谷大河。鷹橋理央奈。鮫坂アリサ。
 歴代最強の名をほしいままにする第11代目『蒼牙』。

「――ふん」

 その光景に、長谷部有瓜は火の点いた導火線を連想した。
 膨らんだ期待が火花を散らせて尺玉へと駆け上がっていく様を想像した。
 悪くない。苛立つほどに分かっている。魅せ方を。乗せ方を。ステージを。

「見せてみろ。お前らができる最高のダンスをよ。――それごと食ってやる」

『蒼牙』が獅子ならこっちは龍だか虎だか魚だかのよく分からない存在だ。しかも金色をしている。負ける理由はひとつもない。
 鼓動のリズムが止まる。その途端、睨みつけていた暗闇が一気に真っ白にライトアップされた。
 闇に慣れた目が突然の光量に焦点を失った一時の間に『蒼牙』がステージに登場していた。
 間髪なく響き始める音楽。よそ見していた観客の意識をもことごとく刈り取るような演出は、これまでのどのステージよりも攻撃的だ。
 奪いに来ている。目を。耳を。感情を。奪って、そして決して離さない。

「わ、えっぐ。ファンサと書いて脅しと読むくらいの迫力だこれ」
「……昨日のステージとも全然違う。どうしてこんなにも……?」
「そりゃあ、だって――これまでの『蒼牙』には、ライバルなんていなかったんだもの。乗り越えるべき相手は自分たち自身。そんな戦いばっかりしてきたからいまきっと楽しいんじゃないかな」
「ライバル……」

 桐栄と葵が話しているのが耳に入る。
 倒すべき相手が明確になったことでパフォーマンスが上がる――そんなこともあるのかと有瓜は感心する。
 虎谷大河はこれでもかというほどの激しい振付を踊り続けている。その技術が圧倒的なのは言うまでもないが、魅惑的にすら見えているのは恐らく目のせいだ。狩りをするときの獣のように炯々と輝いている目のせいだ。
 灯った熱量が違う。たとえいまステージが暗闇に包まれても、3人の瞳だけが輝いて残るだろうとまで思う。

(いいだろう。覚えたぜ)

 2階席から挑発的に睨みつける。瞬間、大河も有瓜を見た――ような気がした。2階席のどこかに向かって大河が背筋が粟立つような笑顔を向けたのを有瓜はそう受け取った。
 桐栄が言った。

「このレベルのダンス、葵ちゃんはできる?」
「……この程度のダンス、桐栄ちゃんはできないの?」
「まさか。葵ちゃんだけ出来なかったら可哀そうだなぁって思って」
「ふふ、とっても面白い冗談だね……」
「おい桐栄、葵」

 ステージから目を離さずに2人に言う。

「私は出来ねー。出来ねーから徹底的に教えろ。このあとすぐにだ」
「わお! 有瓜ちゃんってばやる気充分ですねぇ」
「わ、私に任せて……! 頑張って教えるよ……!」

 ステージに向かって、見てろよ、と有瓜は念を込めた。
 次に勝つのは――私たちだ。

「次はな」
「もちろん次は」
「うん……! 次は絶対」

 振付が終わった。
 爆音で鳴り響いていた音楽が止まると同時に、それを上回る大音声の歓声がふくれあがった。
 王者の貫禄を纏いながら『蒼牙』は悠々とステージを後にした。

***

 興奮を抑えきれず、鳴宮美柑は両手を上げて歓声を上げていた。
 こんなの『蒼牙』の優勝で決まりでしょ――そう確信するステージだった。
 美柑だけではなく会場の誰もが感じていた。3人の一体感、緩急の振れ幅、振付の難度、表現された感情のダイレクトさ。技術面で見てもエンターテインメント面から見ても圧倒的で、後にも先にもこれを超えるパフォーマンスなんか見れられないと信じて疑わない完成度だった。
 極めつけが歌だ。歌詞が合わさることで表現されていることが明確になり、振付の1つ1つの意味がダンス経験者はもちろん初心者にもダイレクトに伝わってきた。歌とダンスの融合とはこういうことかと納得する。なるほどこれは至高のパフォーマンスだ。

「『蒼牙』すごかったね……」

 残影みたいなものが焼き付いているのか、まだ柚葉は『蒼牙』が去った後のステージを見つめていた。
 隣で苺香も同じように呆然としている。柚葉と生返事を返し合うように、うんとかすごかったとかを口にしていた。
 誰が勝ってもおかしくない決勝戦、なんて――とんだ思い違いだった。
 クイーンオブトリニティ。
 第11代目『蒼牙』。
 最高を更新し続けてなお歩みを止めない最強のチーム。
 新たな伝説の誕生を目の当たりにして――

「……」

 寂しさがよぎってしまうのは、きっと取るに足らない我がままのせいだった。
 やがて、ステージがそっと暗転していく。
 薄いカーテンを幾重にも重ねていくように、夜の帳がおもむろに下ろされていくように、次のチームが登場することを優しく知らしめていく。微かに明かりを残す程度まで暗転する頃には、ざわめいていた客席は静けさを取り戻していた。
 ふと――細いスポットライトに反射して、キラキラとした光の粒が降り注いでいることに気が付いた。
 目を奪われている間に『ステラ・エトワール』がステージに登場していた。
 無数の光の粒を纏った3人のステージが始まった。
 流れ出したイントロには聞き覚えがなかった。新曲だ。軽やかなピアノソロから始まった音楽に合わせて、3人の手先の動きが流れるように繊細なシンクロを披露した。
 それが夜空を飾る星屑の瞬きに思えたのは、先ほど降り注いだ光の粒のせいだろうか。
 ささやかな明滅、瞬きの間に尾を引いて消えるほうき星。澄み切った夜に見上げた星の、小さくも冴え冴えとした輝き。
 そんな光景を表現したイントロの後に、わっと広がる満天の星空。
 そして聞こえてきた歌声に、観客がどよめいた。

「『ステラ・エトワール』も歌を!?」
「決勝まで隠してたってこと……?」

 ステージの上で彼女たちが笑ったように見えた。

***

『ブーケ』が関東大会で初めて歌を披露したとき――
 誰より興奮して悔しがっていたのが、九条院惺麗だった。

「何ですの! 歌、歌だなんて……!」

 真っ赤になってぷるぷると震えていたのは、感動していたのだという。

「さすが春日桜映! 相手にとって不足なしですわ! 晶、千彗子――わたくしたちもやりますわよ!!」

 全く新しいチャレンジだったが、晶も千彗子も気後れを覚えすらしなかった。
 なぜなら2人も『ブーケ』に感動させられたから。素晴らしいパフォーマンスに魅せられてしまったからだ。
 であれば、自分たちがやらないわけがない。

「――やるからには、全力でね」
「披露するときが楽しみね、ふふ」

***

 音楽と、九条院惺麗の透き通った声がマッチしていた。何より声からにじみ出る気品がステージ全体の魅力を1段も2段も引き上げていた。
 小さな瞬きに過ぎなかった星が円を描いて踊りだす。駆け上がるようなメロディーがサビに到達したとき、誰もが、無限に星の降り注ぐダンスホールを連想した。
 ――美しい、と美柑は思った。

「……やっぱりあたしは、こっちがいい」

 誰に向けたものでもなかったが、美柑の呟きに柚葉と苺香が頷いた。

「私も」
「どっちも凄いけど、まぁ好みで言えば私も」
「2人はなんでそう思ったの?」
「えっと……手を取ってくれる感じというか……きらきらのステージまで連れて行ってくれるような感じだから……?」
「私は衣装とか世界観がいいと思って。ダンスの技術はまだ分からないところもあるけど、表現していることはちゃんと受け取れてると思うから」
「そ」

 どう言おうか考えを巡らせている間に、苺香が言った。

「わかってるよ。来年は私と柚とあともう1人で考えたダンスで、またここに帰ってくるから」
「任せてね、お姉ちゃん」

 美柑はなんだか真っすぐ見られなくて、代わりに2人の背中をばしんと叩いた。
 あとは3人で『ステラ・エトワール』のダンスを見つめていた。
 彼女たちのダンスは側に寄り添ってくれる心地がした。
 やっぱり私はこんなダンスがいいと思った。誰かを応援するのも元気づけるのも心に寄り添ってこそだ。ジャンルは全然違っても、こんな気持ちで踊っていたいと美柑は思った。

「次は、だよね」
「見ててね美柑。次は」
「あたしも! 次こそ優勝だよ!」

 え? と柚葉が見下ろした。

「お姉ちゃんはもう卒業でしょ」
「そっかー。やっぱり大人っぽさでバレちゃうかー」
「「それはないと思うけど」」
「思いなさいってば!」

***

 3チームとも1曲目の披露が終わった。続けて『ステラ・エトワール』の2曲目が始まる。
 この後の披露の順番は『蒼牙』『ブーケ』とくじ引きで決まっていた。
 会場の雰囲気は、一転して複雑な様相を見せていた。
『蒼牙』しか有り得ないと確信して疑わない人たち。
『ステラ・エトワール』の歌に心震わされた人たち。
『ブーケ』にダンスの楽しさに気づかされた人たち。
 2曲目がすべて――この2曲目で最も心を動かすことができたチーム、それが今年のクイーンだ。

『ステラ・エトワール』は、2曲目も歌声を載せたダンスだ。
 2連続の煌びやかなステージは『蒼牙』一色だった会場を魔法のように染め上げた。

「フフフ、この九条院惺麗のダンスにときめくがよろしいですわ!」
「分かってるよね。『ブーケ』も『蒼牙』も関係ない――いまキミたちは僕らだけの観客だよ」
「優雅で、淑やかな。私たち『ステラ・エトワール』のダンスを、ぜひ楽しんでくださいね」

『蒼牙』は1曲目を凌駕する迫力で会場中を轟かせた。
 無限のスタミナを思わせる激しいダンスで、観客を熱狂の渦に叩き込んだ。

「……全力」
「まだまだイケるでしょ! ダンス最強! ステージ最っ高――!」
「いまこの瞬間、この場所にいることを共に喜ぼう。これが『蒼牙』のステージだ!」

『ブーケ』は――
 暗転から一転。光あふれるステージに飛び出してきた『ブーケ』に、客席から大きな歓声が上がった。
 真っ白な光に、真っ白なウエディングドレスの衣装が輝きを放った。

「この時のために、香蓮が頑張って作ってくれました! 可愛いでしょ!」
「言わなくていいよぅさえちー。……えへへ。もちろんダンスも一生懸命頑張ります!」
「最後のステージです。私たちも精いっぱい踊りますので、応援してくださいね」

 観客たちはすでにペンライトを持って準備万端だ。
 桜映たちもついはにかんでしまうくらい楽しみで仕方がない。

「『ブーケ』のダンス、一緒に踊ろう! いっくよー!」

 ――――かくして。
 第11回トリニティカップすべてのステージパフォーマンスが、温かな拍手に包まれて終了した。

***

 こんな場所に立っていること自体が奇跡みたいだった。
 惺麗たちや『蒼牙』のみんなと並んで、投票結果を待っている。
 すぐ隣にすみれがいた。反対側には香蓮がいた。
 2人がいたから桜映はトリニティカップの決勝戦のステージに立てた。
 スポットライトのお陰で、心の奥底まで見通しよく見える。
 ひとかけらの後悔だって見当たらなかった。

「すみれちゃん、香蓮。あたしたち、上手にできてたかな」
「――桜映はどう思う?」
「あたし? あたしは……」

 心臓の音が大きすぎて、司会者の声を聞き取るのが大変だった。
 審査員とオンライン票の得点はすでに集計済みだという。会場投票と一緒に発表されるらしい。
 会場投票は――一斉に掲げられたペンライトははっきりと3つに分かれているように見えた。
 一斉に、桜映たちは、得点が表示されたモニターを見上げた。

「最高だったよ……っ」

 司会者の大声と、負けないくらいの歓声がステージに降り注いだ。

「優勝は――獅子王大学付属高等学校・チーム『蒼牙』!!」

 スポットライトが『蒼牙』の3人を照らし上げて、大河たちは進み出て、一礼をした。
『蒼牙』、『蒼牙』、『蒼牙』――と。
 拍手と歓声がこれ以上ないほど高まって鳴り響いた。胸が張り裂けんばかりの歓声だった。桜映自身も拍手した手が痛かった。
 桜映は、大河たちの、王者に相応しい背中を見つめていた。

「ほんと、楽しかった……っ」

 汗だくになった衣装。のしかかってきた疲労感。ぽっかりと空いた胸のうちのせいで重心がおかしい。
 何も考えられないくらいに真っ白な頭。どきどきする心臓の鼓動だけ、現実味があった。

「……私も」
「かれんもだよ……」

『蒼牙』も『ステラ・エトワール』も言葉にならないほど素晴らしくて、桜映たちも全力を出し切った自信があった。それで負けたのなら仕方ないと思った。
 ひとかけらの後悔もない。

 ――そう思いたかったが、無理だった。
 だから桜映は静かに目を伏せた。

『蒼牙』への声援がこだまする中で。
 たしかにそれは聞こえてきた。

「――『ブーケ』!!」

 はっとして、目線を上げる。
 自分たちに送られた声援が、桜映にはたしかに聞こえた。

 鳴り響く『蒼牙』コールの中で目が合ったのは前列にいたひとりの女の子。中学生くらいだろうか。きらきらした瞳が桜映のことを見つめていた。
 その子がもう一度「『ブーケ』!」と呼んでくれた。

「――――」

 頭は真っ白なままだった。
 でももう悲しさはどこかに消えてしまって、ただ温かな涙が込み上げた。

「『ステラ』! 『ステラ』!」「せーの」「九条院さーん!」「惺麗ちゃーん!」

 先ほどの女の子の声援に後押しされたか、『蒼牙』コールのなかで我慢していた観客たちも声を上げはじめた。
 エールが送られて、惺麗たちも驚いて会場を見渡した。そのうち1人のファンと目が合うと惺麗は、得意げにほほ笑んで、慣れた仕草でキスを投げ返した。
 そして晶と千彗子とともに一歩前に出る。
 優雅にお辞儀をすると、声援と拍手が一層大きく3人を包み込んだ。

 堰を切ったように『ブーケ』と『ステラ・エトワール』への声援はどんどん大きくなる。
 負けじと『蒼牙』のファンも声を大きくする。

「す、すみれちゃん! 香蓮! どど、どうしよう!」

 惺麗たちが声援に応えているのを見て慌てた桜映が、助けを求めて振り向いた。
 すみれは嬉しそうに目じりをぬぐっている。

「しっかりして桜映。リーダーでしょう」

 香蓮は緊張の糸が切れてぼろぼろと大泣きしている。

「さえちぃ……さえちいぃ……えぐっ、えぐっ」
「え、ええーっ!?」

 そんな『ブーケ』を応援する声が聞こえてきていっそうわたわたとする桜映に向かって、手を伸ばしたのは大河だった。
 おとぎ話の王子様のように差し出された手。その手と凛々しい顔を見比べる桜映に、大河はウインクをしてみせた。
 反則めいた格好良さだった。
 ひと目で頬がのぼせて、桜映はぼうっとしながら自分の手を載せた。気が付くとステージの中央に進み出ていた。
 桜映を真ん中にして、その左手をすみれが、右手を香蓮がぎゅっと握る。

「――――」

 目の前には桜映たちを見つめる観客たち。さっと静まった会場は温かさで満ちている。
 桜映にはまだ現実感がなかった。足元がふわふわとしているような心地がしていた。
 すみれと香蓮と繋いだ手が、確かな感触だった。

「――せーの」

 3人で繋いだ手を上げて――下げる。
 精一杯のお辞儀だった。
 めいっぱいの気持ちを声に乗せた。

「「「――ありがとうございました!」」」

 割れんばかりの拍手と声援が沸き起こった。

 顔を上げて。
 3人で見合って。
 笑って泣いて、抱き合って。
 嬉しくて、悔しくて、でもやっぱり嬉しくて――

「あたし――ダンスはじめて、良かった!」

***

 何者でもなかった彼女たちだけれど。
 応援してくれる『キミ』がいれば、きっとどこまでだって羽ばたける。

 これから続く彼女たちの物語。
 キミと刻む、未来への物語。


–END–


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