癒してよ




「先輩、今夜時間あります?」 日報を提出するついでに、蛯原君は何気ない風に私を誘った。
「今夜?」
急なお誘いだなぁ…と思いつつ、私は少し考える。
笑顔がキュートな後輩ちゃんに誘われるのは、これで2度目。
これは…もしかしてもしかする?いやいやいや、まさかそんな…!
「実は今日、姉とケーキの美味しいイタリアンレストランを予約してたんですけど、姉、体調崩しちゃったみたいで。そこの招待券今日までなので、もしよかったら一緒に行きませんか?先輩、甘いもの好きって言ってたから。」
……あ、そう。お姉さんの代わりね。まぁそんなところだよね。
ちょっとガクッときたけど、それでも可愛い後輩と美味しいケーキを食べる機会を逃す私ではありません。
「いいよー、特に予定もないし。是非連れてって!」


…というわけで、私は同期の誘いを断り早足で待ち合わせの店へと向かった。


「先輩、早かったですね。」
一足早く来ていた蛯原君が手を振りながら近づいてくる。
彼は紺色のスーツを綺麗に着こなし、ストライプのシャツとネクタイで派手すぎず地味すぎずのいいバランスをとっている。
うーん、カッコイイなぁ。それに引き換え私は…少しふっくらな妹と兼用の服を着てきちゃったから、どうもしっくりきてないかも…。


やばい。最近、恋はするけど玉砕ばっかりだったせいか、オシャレをサボり気味になってたんだよね。
なんか自分に自信も持てなくなっちゃって…。
蛯原君は好きなタイプだし、お誘いも嬉しいんだけど、なんとなく期待しちゃ駄目だって身構えちゃう。


店内に入ると、私たちは夜景がよく見える窓側の席に案内された。


コース料理も終わりに近づき、食後の珈琲が運ばれてきた。私はミルクと砂糖を多めに入れ、スプーンでゆっくりかき混ぜた。
「聞いてた通りだ」
「え……?」
彼は珈琲カップを指差しながら微笑む。
「極度の甘党。」
言い当てられ、ビックリして蛯原君を見た。
私は社内では珈琲を飲まないし、甘党なのを知っているのは極限られた人間だけなのに。


「なんでそれを・・・?」
彼はグラスを傾けて氷をからからまわしながら、悪戯っぽい目をこっちに向ける。
「妹さんから、先輩のことよく聞いていたから。」
「え・・・それはどういう」
「妹さんと僕、実は同級生なんです。よく話を聞いてました。仲良いですよね、妹さんと」
「そうなの!?全然知らなかった…。あの子、変な話とかしてない?」
「全然。むしろ、すごく素敵なお姉さんだなって、話を聞いて思ってたんです。
 同じ会社の先輩だって知って驚きました。会ってみたら、聞いてた通りの人で…」
「や、やだなぁ…褒めても何も出ないよ?」
面と向かって褒められるのは慣れてなくて、私はついついカップに視線を落とす。


「先輩」
「はいっ」
急に真剣な声をかけられて、私は反射的に背筋を伸ばした。


「迷惑じゃなければ、先輩のこと、好きでいてもいいですか?」
突然の告白に目の前が真っ白になった。…え?ええ?


「あの、でも、えっ!?」
真っ白になったまま言葉が出てこない私に、スタッフが遠慮がちに声をかけてきた。
「申し訳ございません、そろそろ閉店時間なのですが…」
はっとまわりを見渡すと、残っている客は私たち2人だけ。
「す…すみません、気づかなくて」
一気に現実に引き戻されて、慌てて席を立った私の手を、彼が掴んだ。


「先輩、まだ時間ありますか?」
「え、ええ。」
あと10分で終電が来る。
「大丈夫。」
自然と出てしまった言葉に自分でもびっくりする。
蛯原君が、はにかんだような笑顔を浮かべた。



「先輩、これからどうします?」



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