Trinity Tempo -トリニティテンポ- ストーリー



「すごい……」

 その日、少女は衝撃を受けた。
 激しい音楽、眩しいスポットライト、熱狂する観衆。
 それら全てが3人の女子高生の為だけに存在していた。
 決して詳しいとは言えないまでも、少女は彼女達の事を知らなかった訳ではない。
 学校の教室では毎日のように彼女達の話題が飛び交っていたし、TVや雑誌でその姿を目にする事は少なくなかったからだ。
 だが、“それだけ”だった。
 少女は彼女達――『蒼牙』のダンスを直接目にするまで、「なんだかすごいらしい」程度の感想しか持っていなかった。
 しかし、実際に躍動する『蒼牙』はTVの画面越しや写真で見るのとは比べものにならない程、圧倒的なまでに“本物”だった。
 少女はステージから片時も目を離せなかった。
 感動と言う名の大きすぎる衝撃に、体は震えている。
 いままでこの光景を、あの姿を知らなかった事を悔しいと思った。
 しかし、それ以上に大きな1つの想いが少女の頭を占拠して離れなくなった。

 ――分かっている。
 彼女達は『トップスター』に最も近い存在であり、自分とは遠く離れた存在なのだ。
 ――分かっている。
 彼女達のようになりたいなんて、簡単な気持ちで口にしてはいけないことも。
 ――それでも。
 心臓はこれまでに経験がないほど、早鐘を打っている。
 それに気付いた時にはなぜだか涙が溢れていた。

「あぁ、そっか。あたし――」

 もとより自分は考えるより先に体が動いてしまう性分だ。
 ならば、自分の気持ちに正直になろう。
 胸に手を当てれば、心がはっきりと教えてくれる。

「あの人達みたいになりたいんだ」

 この日目にしたダンスをきっかけに、少女――春日桜映の未来が大きく変わっていく事となる。



「ホンットーに、すごかったんだよ!」

 つい先日、関東に校舎を構える公立花護宮高等学校の入学式を終えた新1年生の春日桜映は幼馴染であり同じく新1年生の芳野香蓮との帰り道、身振り手振りを交えながら、当時の様子を語っていた。

「その話はもう10回目だよ~」
「そのくらい、すごかったの!ううん。あたしの話なんかよりもっともっとすごかったの!」

 ニコニコしながら香蓮が言葉を返したところへ、若干喰い気味に桜映が更に言葉を重ねた。
 桜映が先日から香蓮に対して何度も話しているのは、私立獅子王大学付属高等学校代表のダンスチーム、『蒼牙』についてだ。
 『蒼牙』のダンスを観て以降、桜映はずっとこんな調子である。このまま黙って聞いていると延々桜映が話し続けてしまう事をよく知っている香蓮は、咄嗟に言葉を返した。

「うん。さえちーが『蒼牙』さんを大好きなのはよく分かったよ。でも、この学校にダンスチームってあったっけ?」

 香蓮の言葉を聞いて、それまでの勢いはどこへやら、桜映がうっと言葉を詰まらせた。

「……ない。というか――」

 わざとらしく口を尖らせて桜映が返す。

「この学校、今までに一度もダンスチームが結成されたことないんだって。入学式の日に先生が言ってた」
「うんうん」
「それでね、その話を聞いてすぐにダンスチームを作ろうと思ったんだ。ないなら作ればいいやって、とりあえず校門前で声掛けしてみたんだ。けど、先輩達が部活に新入生を勧誘する期間だから今はダメだって言われちゃった」
「相変わらずすごい行動力だねぇ。いつまでダメだって言われたの?」
「今日まで。だから明日からまた勧誘を再開しようって思ってるんだけどね。ただ、ダンスチームは部活扱いになるから、もう部活に入っている人はチームへの参加は出来ないんだって」
「そうなると、2・3年生の先輩達に声を掛けるのは難しいかもね……」
「うん。先輩達はほとんどが部活に入ってるみたいだし、入ってない人も塾に行ったり他の習い事をしているから難しいだろうって。だから1年生に絞って声を掛けていこうかなって」
「さえちー、ごめんね。かれん、あまり詳しく知らないんだけど、チームには何人必要なの?」
「3人。あと、任意?らしいけど各チームに1人、トレーナーさんをつけられるんだって」
「そっかー」

 桜映が落ち込んでいる訳ではないことは分かっている。ただ、明日からどうすれば良いか考えているのだろう。であれば、殊更自分が口を出すべきではないと香蓮は考えていた。
 ふと香蓮が横目で桜映をチラッと見ると、先程まで話していたのとは別人かと思う程、目をキラキラと輝かせた桜映と目が合った。

「そっか!なんで気付かなかったんだろう!」

 桜映がずいと顔を近づけて香蓮に言った。

「さ、さえちー?顔が近いよ~」
「そうだよ!香蓮も部活決めてないよね?なら、私とダンスやろうよ!」
「ええ~~~!?」
「うん!そうだよ!!そうしよう!!!よ~し、決~まり!!!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ~。確かに部活は決めてないけど、かれん、ダンスは良く知らないし、体動かすのも得意じゃないし……」
「大丈夫!私も良く知らないから!」
「それは自慢しちゃダメだよ~」

 香蓮がころころと笑い、気付けば桜映も笑っていた。
 ひとしきり2人で笑いあった後、香蓮がやさしい口調で桜映に言う。

「さえちー、今は一旦保留で良いかな?さえちーの力にはなりたいし、さえちーがそんなに夢中になるダンスにも興味はあるの。ただ、だからこそもしチームに入るならかれんも中途半端な気持ちじゃダメだって思うの。だから、ね?もう少し時間をちょうだい?」
「うん!香蓮ならちゃんと考えてくれるって知ってるもん。答えが出たら教えてね」
「うん。その時はちゃんと言うね」
「ありがとう。……でさ、香蓮。実はもうひとつお願いがあるんだけど、いいかな?」
「なぁに?」
「えっと、明日から勧誘を再開するのはいいんだけど、勧誘用のチラシとかポスターを作るのがあまり進んでなくて……。その、手伝ってもらいたいなー、なんて」
「もう、そんな事だろうと思ったよ」

 香蓮がわざとらしく頬を膨らませる。

「うう~。ごめんなさい~」
「道具は揃ってるの?揃ってないなら途中にある雑貨屋さんに寄って帰らないとだね」
「手伝ってくれるの!?ありがとう香蓮!大好き!」

 言うが早いか、ガバっと桜映が香蓮に抱き付いた。

「さえちーの抱き付き癖は治らないなぁ。……ふふっ、ちゃんとさえちーも一緒に作ってね」
「うんうん。じゃあ雑貨屋さんに寄ってから私の部屋で作ろう。がんばるぞー!」

 桜映が手を突き上げ、香蓮が微笑みながら「おー!」とそれに続く。
 2人は笑い合いながら雑貨屋へ走り出した。


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