桜映のダンスを見るため、3人はショッピングモールからそう遠くない河川敷の土手まで来ていた。 ここは桜映がいつもダンスを練習している場所で、ダンスをするならここがいいと、桜映が連れてきたのであった。 「急ぎましょう」 ここまで無言でついてきたすみれが、腕時計を見ながら続けた。 「もう日が暮れてしまうわ。足元が見えないのは危険だし、すぐにでも始めましょう。そうね……時間は3分でどうかしら。それ以外に特にルールはなし。好きなように踊ってくれればいいわ」 「うん。それで大丈夫だよ。水川さんを感動させるダンスができればあたしの勝ち。水川さんはあたしとダンスチームを作ってくれるんだよね」 「えぇ。約束するわ。……春日さん、<ウィッシュ>は?」 「ウィッシュ?東先生も言ってたけど、それってなんなの?」 「……本当に素人なのね。まぁ、今日はいきなりだったし、仕方ないか。それにウィッシュがなくてもダンスは踊れるものね」 「???えーっと……」 「なんでもないわ。水を差してごめんなさい。それじゃ、始めましょう」 「うん!いくよ!」 目を閉じたまま、桜映はステップを刻み始めた。 香蓮はそんな2人の様子を何も言わずにずっと見ていた。 強気を装っているが、桜映が不安を抱えている事はわかっている。 それでも、香蓮はこれで良かったと思っていた。 冷静を装っているが明らかに落ち着きのないすみれの様子を見て、彼女が桜映のダンスを楽しみにしている事がわかったからだ。 現在の桜映のダンスではすみれに遠く及ばないであろう事は香蓮もわかっている。 それでも、桜映は踊ると言ったのだ。自らのダンスですみれの心を動かすのだと。 であれば、自分も桜映のダンスから目を離してはいけない。 自分の心も桜映に動かされたから。 桜映なら、すみれの心も動かせると信じているから。 ――今は見ている事しかできないが、次は自分も。 胸中の想いに気付いた香蓮は、胸の前で組んだ指にきゅっと力をいれながら、桜映のダンスを見つめ続けた。 桜映は、すみれに自分の気持ちが伝わるよう、懸命に踊り続けた。 あの日、蒼牙のダンスを見てから、自己流ではあるが毎日ダンスの練習をしてきた。 基本もなにもあったものではないが、それでも彼女は笑顔で踊り続けた。 「……ウィッシュなしであんな高等技術。無茶過ぎるわ」 桜映のダンスは予想はしていたが初心者のそれである。 基本はできていない。リズムも上手く取れていない。滅茶苦茶だ。 「――なのに。どうしてそんなに、楽しそうなのよ……」 ――楽しい。楽しい!楽しい!! 桜映はこれがテストだと言う事を忘れる程に、ダンスを楽しんでいた。 この時間が終わってしまうことを悔しく思いながら彼女は夢中になって踊り続けた。 「あと10秒!」 「ッ!ラスト、いくよっ!」 間も無く予定の3分。 香蓮がそう告げたのを受け、桜映がこれまでより一際難易度の高い技に挑戦した。 ダンッと大きく地を蹴って飛び上がった彼女は、この日一番の笑顔をすみれと香蓮に向けながら――そのまま着地に失敗し、盛大に転んだ。 「……え?」 すみれと香蓮の声が重なった。 桜映は2人から数メートル離れた地面に突っ伏しながらくぐもった声を上げた。 「うぅ~~~。また失敗しちゃった~~~」 その声でようやく我に返った香蓮が慌てて桜映に駆け寄った。 「ちょ、ちょっとさえちー!?だいじょぶ?」 「うん、大丈夫。ちょっと鼻打っちゃったくらいかな」 「もー。あんなに難しそうなことをいきなりやるからだよ。ケガしちゃうよ?」 「ごめんごめん。楽しくてテンション上がっちゃったら、我慢できなくて。――あ」 桜映が後ろを振り向くと、すみれがゆっくりと近付いてきていた。 「春日さん。……まずはお疲れ様。怪我も無いみたいで良かったわ」 「ありがと、水川さん。……う~ん。最後に転んじゃったしやっぱりテストはダメだったかな?それ以外はなかなか上手くできたと思ったんだけど」 「ええ!?……いえ、何でもないわ。そう思ったなら、なぜ最後にあんな無茶をしたの?」 「え?今、香蓮にも言ったけど楽しかったからだよ?……えっと、更に正直な話をするなら、テストのことは忘れてたと言うかなんと言うか」 桜映が照れくさそうに髪をかきながら、すみれに告げた。 「忘れて……。ふっ、くくっ」 桜映の返答を聞いたすみれが俯きながら顔を抑えて小刻みに震え始めた。 その様子を見て怒らせてしまったのではないかと考えた桜映と香蓮は、慌ててすみれに謝罪の言葉を続けた。 「ご、ごめんね水川さん!でも、ふざけてたわけじゃないの!あたし、いつもこうで……」 「そうなの、すみれちゃん!さえちーが暴走しちゃうのはいつものことなの!悪気はないから許してあげて!」 「ぷっ。あははははははははは!」 「え?」 今度は桜映と香蓮の声が重なった。 「わ、忘れてたって。あんなに張り切ってたのに。あはは。それに最後以外上手くできたって、全然ダメだったじゃないの。ふふ、あはははは。それに最後。最後もひっどい。ラスト!なんてかっこつけてたのに、ぷっ、ゴロゴロ転がってるし。あはははははは!」 すみれは桜映のダンスのダメ出しを続けながら、涙を流して笑い続けた。 「はぁ、はぁ……。なんだかごめんなさい」 「う、ううん!大丈夫、ちょっと驚いただけだよ。さえちーも、ちょっと落ち込んでるけど、すぐに復活するはずだから!」 その声が聞こえたのか、すみれから延々とダメ出しを受け続け、ふてくされて土手に座り込んでいた桜映が立ち上がると、すみれに顔を近づけた。 「春日さん、顔が近い……」 「どうなの、水川さん?あたしのダンスがダメダメなのはよくわかったけど、あたしのダンスを見て、水川さんがどう思ったのかは、まだ聞いてないよ?」 「そうね……」 すみれは一度空を見上げた後、どこかすっきりした顔で桜映に向き直った。 「なんだか、春日さんを見てたら、細かい事をいちいち気にしているのがバカバカしくなっちゃったわね」 「それじゃあ……!」 「えぇ。私も自分に正直になる。――私をダンスチームに入れてください」
|