なんとなく過ぎていく日常。 スポーツは楽しい。なのにどこかつまらない。 そろそろ自分がやったことのない事をしたい。 小高い山の頂に、一つの城がそびえていた。 その天守閣の屋根瓦の上で、気だるげに寝返りを打つ者が一人。 見渡す限りに広がる真っ青な空も、時折吹く舞い上げるような風も、その人物の胸のもやもやを晴らすことはできない。 「……あー……」 ふと屋根の縁から見下ろせば、普通なら目の眩むような高さだ。 柵も命綱もなく、ほんの少しでも足を踏み外せば助からないような場所。 そんなところをわざわざ選ぶのは、ここが最も広く街を見渡せる場所だからだった。 長い黒髪を屋根瓦に広げ、無造作に寝転がって脚を組む女生徒の名は、長谷部有瓜。 まるで天守閣のような校舎を有する本陣高等学校――その生徒会長である。 「どっかに面白いことねーかなー……」 空へ向いた視線の先には、金のしゃちほこ。 校舎を見守るように輝いていた。 「なんか、最近刺激なくない? 私の人生これでいいの? 人間五十年、一瞬で終わっちゃうよ?」 金鯱は答えない。天高く尾を振り上げているだけだ。 「……つまんねー……」 まだ心躍るものに出会えていない、高校二年の春。 退屈に押し流されるように、そっとまぶたを閉じた。 *** 「敵の先方隊、距離二〇,〇〇〇! あと五分で追いつかれます!」 「後続部隊から通信入ってます。反転して交戦するか指示をと!」 「もうだめだー!」 気づくと、有瓜は宇宙戦艦の中にいた。 「――んん?」 銀色に統一された指令室で、モニターに向かって右往左往する人たちにはどこか見覚えがある。 忘れるはずもない。有瓜が会長を務める、本陣高校生徒会の役員たちだ。 正面の巨大スクリーンには宇宙が映し出されている。いやスクリーンではない。これは巨大なガラスの窓だ。その向こうに広がっている景色は本物の宇宙――! 「有瓜ちゃん!」 「会長! 会長が戻ってこられたぞ!」 悲愴な声を上げていた生徒会の面々が色めき立って、一人の女生徒が駆け寄ってきた。 「有瓜ちゃん! 戻ってきてくれて本当に良かった……!」 「葵……! 状況は?」 「はい! 私たちは金崎高校の主力艦隊を壊滅寸前まで追い詰めたんだけど、同盟関係だった小谷高校の裏切りにあって――有瓜ちゃんの指揮で敵の攻撃をかいくぐりながら逃げてきたの。でもこの艦もあちこち被弾して、有瓜ちゃんが……」 「そうか……それで気絶しちまったのか、私は」 女生徒――正宗葵、生徒会書記(仮)は言いにくそうに俯いた。 「ううん。『なんかムカついたから五分寝る』って外へ……」 「…………」 だんだん思い出してきた。 ふたたび、艦橋に悲痛な通信が鳴り響いた。友軍が敵陣の真っ只中に取り残されているのだ。 「おい、あいつなんであんなとこにいるんだ」 「有瓜ちゃんが真っ先に逃げたから……」 「うちの家臣にちょっかい出して、どうなるか分かってるんだろうな」 訊いておきながら聞き流して、有瓜は艦橋の中心へ歩み寄る。そこは一国の主たる自分の居場所だ。 席に置かれた艦長帽を、ぐいっと被った。 「皆の衆、ここからが本当の合戦だ。――いっちょ銀河に天下布舞すっか!」 にかっと力強く笑む。鼓舞されたすべての友軍から真空を揺るがすような雄叫びが上がった。 「全艦反転! 全速力で突っ込め!」 「会長、敵が撃ってきました! ビーム砲のすごい雨です! 進めません!」 「できないと思うな! なんかこうぐわっと行けぐわっと!」 「えーいままよ!」 有瓜の無茶苦茶な指揮が、不思議と伝播していく。 各々が限界以上の力を発揮し始め、またたく間に戦況を塗り替えていく。 勝利を確信していた金崎高校と小谷高校の連合軍は態勢を崩されて次々に落ちていった。 見るも鮮やかな逆転劇だった。 「どーだ! わはははは――」 「――有瓜ちゃん!!」 *** 「有瓜ちゃん!!」 「わはは、は――?」 不意に地面の感覚が無くなって目を開ける。 最初に青空が見えて、次に屋根の先で輝く金のしゃちほこが見えた。窓から身を乗り出す葵の姿も。 寝返りを打ったら屋根から転げ落ちたらしい。 ――と考えている間にすさまじい速度で落下し始めた。まずい。 下の階の屋根にぶち当たる。かろうじて受け身を取ったが勢いを殺しきれず転げ出た。 伸ばした指先が瓦の端をかすめる。 「ぎゃあああ――!」 ざっと二十メートルの高所落下。 後になって考えてみても、絶対死んだと思った。 二度ほど同じことをして、最後は木に飛び込んでバキバキと枝を踏み抜いて、有瓜は両足で着地した。 「…………」 頭が働かずに、着地の体勢のまま固まる。私どうなった? すり傷だらけの顔を上げた。下校途中の生徒が有瓜のことをおっかなびっくり取り巻いていた。 目の前に人が降ってくるなんて人生でそんなにない。戸惑うのわかるわーと他人事のように思う有瓜だった。 そのうち、じんじんと両足から痛みが湧き起ってくるにつれて何だか可笑しくなってきて、こらえきれずに背中から倒れ込んだ。 「わはははは! 超痛てー! わはははは!」 生徒たちも氷が解けたように動き始めた。慌てて駆け寄る者、さすが会長と拍手する者、教師を呼びに職員室へ走る者、安心して下校する者。 その中で一人、動けずに有瓜を注視し続ける者がいた。 まっさらな制服を着た二年生――この春、本陣高校に転校してきた、小柄な女生徒だ。 「――びっくりした。あの高さから落ちて元気なのも凄いけど、周りみんな不思議に思ってないのがもっと凄い。すっごく――」 ぺろりと唇を舐めて、 「おもしろそう!」。
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