「チーム『ブーケ』、圧倒的なパフォーマンスを見せつけてくれました!」 「割れんばかりの歓声とスタンディングオベーション! 一気に観客の心を掴みました!」 「初出場とは思えないダンスはまさに見事! 昨年度の蒼牙に匹敵する勢いでしょうか!」 「いやもう超えているでしょう! 関東大会出場決定、いやもはや今年度のクイーンは君だ春日桜映! さあ本人にインタビューしてみましょう!」 「春日桜映さん! いまの気持ちを一言でどうぞ」 「えへへへへ、いやぁその急に言われましても」 「はいありがとうございました!」 「えっ?」 「それでは次は水川すみれさんどうぞ」 「ま、待って待って! いまのなし! もう一回、もう一回だけ!」 *** 「もう一回……もう一回だけ……」 苦しげな様子で寝言を零している桜映の前で、咲也は腕組みして、自分の授業が退屈すぎたのか、練習が過ぎて疲れがたまっているのか真剣に考えた。 体育教師によくある悩み――かどうか咲也にはわからなかったが、たまに座学をするとこれだ。教師としてもトレーナーとしても自分の未熟さを覚えつつ、練習メニューの見直しについて検討した。 とは言えその前に。 「こら」 「ふぁいっ」 *** 夢からさめた昼休み。 「――えへへへ……」 「さえちー、ずっとにやにやしてる」 お弁当をつつきながら、くっつけた机の向こう側から香蓮が言った。小さなお弁当箱にはいっぱいのオムライスと一切れのメロンが入っている。香蓮は一口ひとくち美味しそうに頬張っていた。 「えへへへ……だって、次は関東大会だよ! 都大会通過だよ! この調子でトリニティカップもぱぱーっと優勝だよ!」 「調子に乗らないの。通過って言っても、ぎりぎりの三位通過じゃない。桜映は最後で油断するときがあるから、もっと気を引き締めて」 「あ! ねえすみれちゃん、その煮物ってすみれちゃんがつくったの?」 「ええ、そうだけど。よかったら食べる?――って話を逸らさないの桜映」 「てへへへ。ん~、おいし~! すみれちゃんのお弁当はいつも優しい味付けだね」 「塩分の取りすぎはよくないもの。弟たちには不人気なんだけれどね」 「そうなんだ。あたしは好きだなぁ」 「もう、そんなに言われたらかれんも欲しくなってきちゃった。かれんともひとくち交換だよ!」 さえちーとも交換だよ、と桜映のお弁当箱にもオムライスが差し入れられた。玉子焼きかタコさんウインナーで悩んで、香蓮は嬉しそうにウインナーの方をフォークで持っていった。 「そういえば香蓮、新しい衣装はもうできた? できた?」 「ん~、もうちょっとかなぁ。試着するときはさえちーのおうちでいいかな?」 「オッケー!」 「楽しみね。衣装の良さに見劣りしないよう、ダンスもしっかり練習しなきゃ。関東大会まで忙しくなるわ」 「よ~し! 次こそ一位通過! がんばるぞー!」 高々と手を振りかざす桜映。そうだねぇ、と相づちを打つ香蓮が、紙パックのフルーツオ・レにストローを挿しつつ言った。 「そういえばステラさんは神奈川県大会で一位だったんだって。関東大会で当たるなら決勝戦がいいよねぇ。そうしたら一緒に全国大会に行けるもんね!」 「そっか……! また惺麗ちゃんたちと、ダンスできるかもしれないんだ」 「ステラ・エトワールの実力なら、必ず決勝まで上がってくるでしょうね」 すみれが神妙な顔で呟く。 「決勝まで進むとしたら、一チームあたりの試合回数も増える。関東大会まではダンス披露は一曲だけだから、観客の支持を得るには……完成度を高めるか、サプライズを盛り込むかかしら」 「サプライズって?」 「演出や衣装に仕掛けをしたり、大きくアレンジを加えたりね。成功すれば目を惹くみたいだけど、もちろん付け焼刃じゃ逆効果になるから……いまのブーケでは難しいわね」 「じゃあ、練習あるのみだね」 「えー! あたしはサプライズ、いいと思うけどなぁ。誰も思いつかないようなことをこう、ばばーんってやろうよ! そしたら見てる人たちもどどーんって!」 「全然伝わらないわよ……。そんなに言うなら桜映? 案を聞かせてもらえるかしら?」 「そうだね! えっと――まず、すみれちゃんが風船につかまって空から登場!」 「却下よ!」 「香蓮は地面の下からにょきっと登場」 「さえちーは?」 「あたしは客席にいて、スポットライトが当たるとジャンプしてステージに! それで曲をスタート! どうかな?」 「ん~。すみれちゃんの登場のところで、もう出落ちじゃないかなぁ」 「冷静に答えてないで……。だいたい風船ぐらいじゃ人は飛べないわ、桜映」 「綿毛が飛んできて花が咲くってイメージなの! ブーケらしいと思うんだけどなぁ」 「イメージは良いと思うわよ。だからそれはサプライズじゃなく、きっちりダンスの表現で発揮してね」 はぁい、と頷く桜映。しかしまだこっそり何かを考えている顔をしていて、すみれは軽くため息をついた。 ジュースを一口飲んで香蓮が言った。 「ステラさんはどんなステージにするのかなぁ?」 「そうね……想像つかないわ。技術が高いチームだし、ステージの工夫も凝らしてくるはずだけれど」 「じゃあ直接訊いてみよう! 惺麗ちゃんならきっと教えてくれるよ」 「惺麗さんに?」 桜映の頭に惺麗の姿が浮かぶ。 『――どんなステージにするのか、ですって? まず、わたくしが流れ星のように空から舞い降りるところから始まるのですわ! そして輝きの中、素晴らしいダンスを見せつけますの! 晶と千彗子? このわたくし、九条院惺麗ひとりいれば優勝などたやすいことですわ! オーッホッホッホ!』 「大会規定違反じゃない。三人一組じゃないと失格よ、桜映」 惺麗の真似をしていた桜映にすみれがすかさず突っ込みを入れる。勢いで立ち上がっていた桜映が、はにかみながら座り直す。 そんな様子を微笑ましく見つめる香蓮だった。 桜映は、最後にとっておいたウインナーを口に放り込むと、もぐもぐと口を動かしながら宙を見上げた。 「さえちー、まださっきのこと考えてる」 「ぎくっ。香蓮はするどいなぁ。――あ、そうだ! ステージで衣装の早着替えとかどうかな? きっと見てくれる人もびっくりだよ!」 「う~ん。もう一着ずつつくるスケジュールきいたら、さえちーがびっくりすると思うよ?」 「桜映。もう一度言うけれど、付け焼刃じゃ逆効果。きっちり練習して、目の前のダンスを磨くことに専念しましょう」 「はぁい。……でもね、すみれちゃん。新しいことってホントに必要ないのかな」 真面目な様子で桜映はすみれを、そして香蓮を見つめた。 「あたしたちはこの春初めてブーケを結成して、都大会を勝ち抜いた。あたしと香蓮はダンスなんて初心者で、すみれちゃんや東先生に教えてもらって、ステージに上がれるくらいに形になった。それってみんなで新しいことに挑戦してきたから出来たことじゃないのかな」 桜映の瞳は輝いている。それはすみれと香蓮を、どこかわくわくした気持ちにさせてくれる輝きだ。 「やろうよ、サプライズ! 誰も思いつかなかったようなことを、どーんって! あたしたちなら出来るよ!」 楽しくて仕方がないといった顔で言う桜映を前にして、二人は目をぱちくりしながら見合わせた。 「何かいい案があるの?」 「――――無い、ので、みんな一緒に考えてくれたら嬉しいな……?」 「まったくもう……」 「てへへへ……」 ごまかし笑いをする桜映に、すみれも香蓮も思わず笑った。 「じゃあこうしましょう。今の曲をしっかり練習しながら、何か新しい試みができないか考える。ちょうど新曲をどうしようか考えていたところだったの。新しいその何かがうまく見つかれば新曲に取り入れて、見つからなければ今の曲の完成度を高める。これでいいでしょ?」 「うん!」 勢いよくうなずく桜映に、苦笑するすみれ。大変な約束をしてしまったかもしれないと早くも後悔しはじめていたが、それはそれとして、決めたからには一生懸命取り組むという律儀なすみれだった。 お弁当箱を閉じて、ごちそうさまと手を合わせる。桜映も香蓮もそろって手を合わせた。 「香蓮、五時間目は音楽だったかしら」 「うん。今日は歌のテストの日だよ。すみれちゃん練習してきた?」 「ううん。歌えるような場所がなくって。その分、曲はしっかり聴いてきたから大丈夫よ」 「かれんはお風呂で練習してたんだ。そしたら大きな声で歌いすぎたのかな、お風呂からあがったらおにいちゃんが『かれんの声は可憐だねぇ』なんて言ってからかうんだよ! ひどいよねぇ」 「うーん、4点かな!」 「0点だよ、もうっ」 「香蓮のお兄さんって、ひとり暮らしじゃなかった? よく帰ってきてるの?」 「週末はいっつもいるよ。土曜日の朝から日曜日の夜まで! さすがのかれんも心配になってきちゃうよ」 腕組みをして難しい顔で、将来はきっとドッキョロージンだねとぼやく香蓮。 それ何? と尋ねていた桜映も、五時間目の予鈴が鳴って慌てて教室に戻っていった。 すみれと香蓮も移動教室の用意を取り出して立ち上がった。 「新しい試み……」 口に出してみるが、正直全く浮かばない。 どうしたものか――と沈んでいきそうな思考を、すみれは午後の授業と、放課後の練習メニューへと切り替えることにした。
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