三神ホールディングス本社、最上階、社長執務室。 社員でもそうそう立ち入る事を許されないその空間に、2人の男性が応接用のソファに腰掛け、向かい合っている。 「今年の<蒼牙>の調子はいかがですか?父さん」 海外ブランドのスーツを着こなした壮年の男性――三神ホールディングス株式会社社長、三神皇(みかみこう)が柔和な表情のまま問い掛ける。 対して、今どき珍しい紋付の羽織に袴といういでたちの高年の男性――三神御門(みかみみかど)が厳しい表情で口を開く。 「会長と呼べ、皇。ここは家ではないのだぞ」 「これはこれは、失礼しました。では改めて。……コホン。今年の蒼牙の調子はいかがですか?三神会長。――いえ。私立獅子王大学付属高等学校理事長、とお呼びした方がよろしいですか?」 「フン……。貴様に言われずとも、何も問題はない。今年の11代目は昨年の10代目メンバーを全員継続させる予定だ。加えて阪井をトレーナーとして呼んである。歴代最強と言っても過言ではない」 「なんと!あの阪井龍子をですか!?いや~、素晴らしい!蒼牙のトリニティカップ11連覇に死角なし!と言ったところですかね。獅子王高校の理事長として、鼻が高いのでは?」 「調子の良い事を……。我々三神ホールディングスがバックにいる以上、獅子王高校代表チームの蒼牙が最強である事は当然の事。今年に限らず今後も常に勝ち続ける。貴様も良く知っているであろうが」 御門が呆れ、突き放すような言い方で、皇へ言葉を返す。 当の皇はそんな反応は想定通りとでも言うように、柔和な表情を崩さないままである。 「当然知ってますって。そんなに冷たい言い方しないで下さいよ。……しかし、そうですか。今年も蒼牙は絶好調ですか。なるほどなるほど……」 「なんだ?」 「いえね?蒼牙が優勝するのは私としても望ましいことなのですが、最近、色々考えることがありまして。と言うのも気になる話を耳にしたんですよ。なんでも『結果の見えている大会は面白くない』とかなんとか」 その瞬間、御門の発するプレッシャーがそれまでの比にならないほど圧力を増した。 「皇……。なにが言いたい」 「つまりですね?蒼牙に勝てないまでも追い詰めるだけのチームが必要なのではないかと。ギャラリーは意外性というものが大好きですから。『もしかしたら蒼牙が負けるのでは?』なんて思わせられたら最高のスパイスになると思いません?」 「このたわけが!!」 「…………」 御門が激昂して声を張り上げた時、皇はほんの一瞬だけそれまでの表情を崩し、心底つまらなそうな顔をした。 しかし、頭に血が上っている御門はその事に気付かぬまま捲くし立てる。 「貴様、ワシの話を聞いていなかったのか!蒼牙に敗北は許されん!それは苦戦する事も同義である!圧倒的な実力で完全なる勝利を掴んでこそクイーン!大会が盛り上がるだと?このうつけ者め!蒼牙の敗北や苦戦はそれ即ち三神ホールディングスの失態である!そんな事は断じてあってはならぬのだ!」 「……承知しております」 「ならば、ワシの前で2度と今のような世迷言を吐くな。次はないぞ」 「かしこまりました」 「フン、今日はここまでだ。屋敷に戻る」 「はい。お気をつけて」 全身から怒りを滲ませたまま、御門が社長執務室を後にする。 皇はそれからしばらく、社長執務室の窓からただ外を眺め続けていたが、御門を乗せた高級車が夜の闇に消えるのを目にすると、やれやれといった調子で口を開いた 「はぁ~~~。まったくうるさい人ですねぇ。まさか、あそこまで頭が固いとは。……父さん、貴方の考えは古いんですよ」 社長執務室の奥にある休憩室に入り、ヴィンテージワインを取り出しながら皇は独白を続ける。 「まぁ、安心してください父さん。今年のトリニティカップ、11代目蒼牙の優勝は揺るがないでしょうから。虎谷大河、鷹橋理央奈、鮫坂アリサ……。彼女たちのダンスの実力は実に素晴らしい。それに加え、初代蒼牙の阪井龍子がトレーナーとして加わる。いやいや、お世辞でもなく磐石の体制ですねぇ。しかし――」 そこで皇はワインを口にし、その味に満足気な表情を浮かべる。 そして、手元にあった資料に目を通しながら再び口を開いた。 「その次の蒼牙は12代目……。3の倍数であり、十の位と一の位を足した数が3。実に素晴らしい、記念すべき数字だ。クックックック……」 暗い部屋の中で三神皇は不敵に笑う。 彼の心中は父親である御門ですら知り得なかった。
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