Trinity Tempo -トリニティテンポ- ストーリー



「ほうほう。なかなかやるもんねー。想像以上に楽しめたわ」

 数分後、踊り終えたアタシ達に向かって、阪井さんはそう言った。
 対するアタシ達の反応は待っていなかったのか、構わず言葉を続ける。

「理事長が私に声を掛けるのも理解できるわ。あんた達に敵う高校生なんてそうそういないでしょうね。ただ――」

 阪井さんはそこで一旦言葉を切る。
 直後、今まで以上に厳しい視線がアタシ達を射抜いた。

「今のダンス、本当にあんた達の全力?あんた達に出来る最高のダンスだったの?」

 ……返す言葉がない。
 アタシだけでなく、大河とアリサも分かっているのだろう。
 2人も何も言わなかった。

「……いいわ、なら私が説明してあげる。――まずは大河。あんたは1人で走りすぎ。実力があるのは分かったけど、あんた達はチームなのよ」
「……はい。自己顕示が過ぎました」

 大河が悔しそうな声を上げる。
 彼女の事だ、自分でも気付いていたのだろう。

「次に理央奈。あんたは序盤の動きが固すぎ。私1人に緊張しててどうすんの」
「う……。すいません」

 やっぱりバレてた……。
 上手く誤魔化せたと思ったんだけど、この人にはそんなの通じないってことか。

「最後にアリサ。あんたは気を抜きすぎ。と言うか、全力を出さない癖がついてるわね」
「……はい」

 バツが悪そうにアリサが答える。
 意外に(?)面倒くさがりなんだよね、この子……。

「個人のレベルは高いし、今言った点も気付かない人の方が多いでしょうね。実際、今のままでも今年のトリニティカップで優勝できると思うわ。ただ、あんた達はそれでいいの?」
「……いいえ!こんな状態で大会に優勝しても、意味がない!……阪井さん、私たちを指導して頂けないでしょうか?」

 言って、大河が深々と頭を下げた。
 ダンスの事になると大河がアツいのは知っていたが、正直驚いた。
 ……だけど、アタシもこう言うの、キライじゃないんだよね。
 むしろ、ここまで言われた以上、なんとしてもこの人にアタシ達の実力を認めさせなきゃね!

「阪井さん、アタシからもお願いします。アタシ達にダンスを教えてください!」
「……ます」

 アタシに続いてアリサも頭を下げる。まったく、この子は。
『お願いします』と言っているのだが、伝わっているのだろうか……。

「そうねぇ。細かい所を挙げればキリがないくらい、あんた達がまだまだ未熟だって事は分かったわ。……だからこそ――楽しそうよね」
「え?」

 その言葉にアタシ達が顔を上げる。
 阪井さんはさっきまでの気の良さそうな目に戻り、からからと笑っていた。

「あはは、怖がらせちゃってごめんね。あんた達がどんな反応するか見たくってさ。ふふふ。――心配しなくても、ちゃんとトレーナーやってあげるわよ。これからよろしくね」
「は、はい!よろしくお願いします!阪井トレーナー!」

 嬉しそうに大河が声を上げる。
 1年近くの付き合いになるけど、こんな嬉しそうな大河を見るのもはじめてかも。
 すると、阪井さんは頬を掻きながら照れくさそうに口を開いた。

「阪井トレーナーかぁ……。その呼び方、なんかむず痒いなぁ。なんか他の呼び方ないの?」
「しかし、トレーナーはトレーナーです!」
「大河、あんた固いわねぇ。もうちょっと柔らかく考えなさい。んー……。理央奈、なんかないの?」
「ア、アタシ?えーっと、ええと……」
「はーやーくー。あと3秒。3……2……」
「じゃ、じゃあ!阪井先生、とか?」

 ハッキリ言って苦し紛れに出てきた案だ。
 しかし、意外にも阪井さんはそのフレーズを気に入ったようだ。

「先生……阪井先生……。んふふふ、悪くないわね!よし!これからは私の事は先生と呼びなさい!いいわね!?」
「は、はい!分かりました!」

 思わず、背筋を伸ばしてしまう。
 やっぱりこの人、迫力あるよね……。

「うんうん、いい返事ね。さてと、それじゃあこれからの事について話しましょうか。大河、学内選抜大会はいつなの?」
「来月の連休明けに行われます。チームのエントリー自体は来週までです」
「OK。まず、当たり前だけど、チームメンバーに変更はないわ。そして学内選抜大会は自分たちの力だけで勝ち抜きなさい。あんた達が無事11代目蒼牙になった暁には、私が本格的に指導をつけてあげるわ」
「えー?今から教えてくれるんじゃないんですか?アタシ、期待してたのにな」

 考えた事が思わず口に出てしまった。
 口にしないまでも大河とアリサも同じ気持ちだったようで、2人とも先生を見ている。

「んー?だって、めんどゲホンゴホン!……色々私にも準備とかあるのよ。学内選抜大会の本選は見に来るから、ちゃんと今より成長してなさいよ」

 ……アタシの聞き違いでなければ、面倒って言いかけなかったかな、この人。
 アタシが不信そうな目で阪井先生を見ていると、心配ないとでも言うように、大河が肩にぽんと手を置いた。

「わかりました。必ずや今以上の姿を先生にお見せします」
「いい返事ね。それじゃ、私は帰るわ。練習、がんばりなさいよー」

 ――その後。
 恐らく走ってきたのだろう、肩で息をしたアタシ達の担任教師が練習室へやって来た。
 阪井先生を捜しに来たのであろう彼に、事の顛末を話すと、複雑そうな顔ですぐに練習室を出て行ってしまった。
 後日聞いた所によると、阪井先生は学校側に独断先行をこっぴどく叱られたらしい。


ページの一番上へ



ストーリーのトップページへ戻る