――アタシは、アイツが嫌いだった。 *** 私立獅子王大学付属高等学校。日本で知らない人はいないとまで言われる、超有名校だ。 その理由は色々あるのだろうが、アタシ――鷹橋理央奈にとっては、“日本で一番ダンスが強い学校”というだけで良かった。 ダンスの全国大会、トリニティカップで第1回から9年連続・全大会優勝という偉業を成し遂げているこの学校の代表チームは、代々<蒼牙>の名前がつけられる。 アタシが入学したのは、蒼牙のメンバーとなってトリニティカップで優勝し、将来トップスターになるためだ。 それこそ入学前から、“1年生が学内選抜戦を勝ち抜いた歴史はない”だの、“獅子王高校の学内選抜戦は全国大会よりもレベルが高い”と言った話を散々耳にしたが、そんなことアタシには関係ない。 ダンスの実力なら現蒼牙のメンバーにも負けない自信がある。 あとはメンバーを2人集めて学内選抜戦に出るだけ。 この学校ならメンバーを集めることは難しくないはずだし、まずは締切が迫っている学内選抜戦へのエントリーをしようと足を運んだ職員室で、アタシはアイツと出会った。 *** 彼女はアタシと同じ1年生でありながら学内選抜戦のエントリーに来たらしい。 それ自体は驚く事じゃない。アタシ以外にもそんな生徒がいてもおかしくはないし。 だけど、彼女が言い放った言葉を聞いて、アタシは開いた口が塞がらなかった。 「他のメンバーは不要です。私1人でトリニティカップの学内選抜大会に出場します」 唖然とした。 話を聞いていた先生も理解できないといった顔をしている。 そんな事は気にも留めない様子でそいつは更に言葉を続けた。 「勿論、3人いなければ大会への参加資格がないことは知っています。残り2人のメンバーは選抜大会にエントリーした実力の高い生徒に後から加入してもらえれば大丈夫です。“選抜大会に1人で参加してはならない”と言うルールはないですし、問題はないはずですが」 「ちょっとアンタさぁ、それギャグのつもり?マジ笑えないんだけど」 自分でも気付かぬうちにそんな言葉が口から出てしまっていた。 アタシの存在に気付いたのか、彼女はこちらに向き直って口を開いた。 「誰だ?いま私は先生と話をしているのだが」 「ああ、ゴメンゴメン。……じゃなくて!さっきのはなんなの?1人で選抜大会に出るなんて、マジありえないんだけど。自信過剰すぎじゃない?」 「君には関係ない。……自信過剰かどうかはやってみれば分かることだ」 「ふーん、言うねぇ。……なら、アタシとダンス勝負してみない?」 「君と?なぜ?」 彼女は首を傾げるも、表情を変えず疑問を口にする。 アタシが何を言っているのか理解できないと言った素振りだ。 「アンタも1年生でしょ?アタシもダンスには自信あるんだ。腕試し、みたいな?」 「無意味だな。君の実力に興味はない」 「へぇ~、逃げるんだ。実は口だけとか?はっずかしぃ~♪」 我ながら分かりやすい挑発だ。 彼女もその事には気付いたのだろう。少しだけ眉を上げて答えた。 「……いいだろう。その安い挑発に乗ってあげよう。学校側に1人での参加を認めてもらうにしても、私の実力を見て貰った方が話が早そうだ」 「いいね、そうこなくっちゃ!それじゃ、いつにする?次の日曜日とかどう?」 「なにを言っている?今からすぐに始めよう。場所は中庭でいいだろう。あそこならスペースもあるし、問題ないだろう」 「なっ?ちょ、ちょっと待って!今から中庭って、まだ他の生徒が沢山いるじゃん!」 「それがなにか問題でも?」 「だ、だってさ。その。 は、恥ずかしいじゃん……」 「え?」 「な、なんでもない!今日の放課後、屋上ね!アタシにだって色々都合とかあるんだから」 「……まぁ、いいだろう。それでは今日の放課後に。先生、すみませんが立会人をお願いできますか?」 有無を言わさない雰囲気で先生から許可を取り付けると、そいつは早々に職員室から出ていった。 アタシもこうしてはいられない。なんとかギャラリーを集めることは回避できたのだ。 万全の態勢で勝負して、アイツの鼻を明かしてやる! *** 「な・ん・で、こんなに人がいるわけー!?マジありえないんだけどぉ!?」 アタシと立会人の先生の3人しかいないはずの放課後の屋上には、どこで話を聞きつけたのか、何十人もの生徒がいた。 「日本一ダンスに力を入れている学校だ。噂を聞きつけた生徒が興味を持つのはおかしくないだろう」 「そんな事言って、実はアンタが話を広めたんじゃないの?」 「私が?なぜ?無意味だろう」 「ぐっ……。恥ずかしくない恥ずかしくない恥ずかしくない……!」 「なにか言ったかな?」 「なんでもない!ちょっと驚いただけだから!さっさと始めるよ!」 「やれやれ。まぁいい、それでは始めようか」 「ふーんだ。アタシの実力を見て、ビビらないでよね!」 緊張がばれないように強気に振舞いながら簡単なストレッチを終えた後、アタシらのダンス対決は始まった。 想像以上にギャラリーは多いけど、アタシの実力なら大丈夫だと思っていた。 『マジ……?』 始まってすぐに分かった。この相手は今までに出会った誰よりもダンスが上手い。 ギャラリーが息を呑んでいるのも分かる。こんなヤツがいるなんて! 『だけど……!』 アタシだってトップスターになる為に、これまでダンスの実力を磨いてきたんだ。 簡単には負けられないっての! アタシはその数分間に自分の全力をぶつけた。 *** 対決が終わり、そいつはアタシをまっすぐに見つめながら口を開いた。 「私の勝ちだ」 「~~~!あーもう!ほんっとありえない!なんでアタシが負けるワケ!?ちょー悔しいんだけど!……あ~あ。1年生の中ではアタシが1番だと思ってたのに。上には上がいるってことかー」 「正直、私も驚いた。まさか同学年でこれだけ踊れる人がいるなんて思いもしなかった。君のお陰で私もいいダンスができた。感謝する」 その時、彼女が少しだけ微笑んだ。 思いがけない感謝の言葉と合わさって、驚いてしまう。 そして、その驚きがアタシを落ち着かせてくれる。 「フ、フン!……えっと、あー、昼間は突っかかって、その、ゴ、ゴメン!」 「いいや、私も失礼な事を言ってすまなかった。どうやら自分でも気付かない内に焦っていたようだ。……それはそうと今の勝負、君が最初から本来の実力を出していたらどうなっていたかな」 「ほ、本来の実力ぅ?な、なんのことよ?」 「ギャラリーにひどく緊張していたようだったが。開始直後は若干体が硬かったな」 「な、ななななんでそれを!」 「恥ずかしいって、そういうことだったのか」 「聞こえてたの!?~~~!アタシ、めっちゃバカみたいじゃん、超はずい……!」 マジでありえない……! アタシが実は注目を浴びるのが苦手って事が、こんな簡単にバレるなんて……。顔が熱い。 アタシの様子を見ても、彼女はなんの事か良く分かっていないようで、不思議そうに私に問い掛ける。 ……やっぱり負けた事は悔しい。もっと実力を磨いて、いつか――。 「ん?どうかしたか?」 「ッ!いま決めた!いつか絶対にアンタをダンスで負かしてやる!!」 「ふっ。勝負ならいつでも受けよう。私が負けることはないがな」 「その余裕の表情、ムカつく~」 「だが、まずは学内選抜大会だ。……君に提案があるんだが、いいかな?」 「提案~?なに?」 「いや、いつまでも“君”というのは良くないな。まずは自己紹介からか。私の名は――」 *** 出会った頃、アタシはアイツ――虎谷大河の事が嫌いだった。 そんなアタシと大河がどうして同じチームでダンスをする事になったのか。 「それはまた、別のお話、か……」 「……日記?」 「そうだよー。アリサも書いてみたら?意外とハマるよー、マジで」 「や」 「ちぇー、フラれちゃった」 「理央奈、アリサ。そろそろ私たちの出番だ。行くぞ」 「ちょ、ちょっとタンマ!まだ心の準備が!…………。ふぅ。それじゃあ、踊りますかね♪」
|