11月。 南国の冬支度はゆっくりだが、度梨杏高校は、ある準備で忙しい。 秋分の頃に開催される学園祭。 美柑は高校生活最後となり、苺香と柚葉は今回が初めてとなる。 ダンス部の所属が多く、チームもたくさんあるこの高校、 春にダンスの発表会があることから、秋の学園祭はダンス以外の催しがメインになっている。 演劇、模擬店、展示など。この時期、ダンスはちょっとお預けなのだ。 「お姉ちゃんのクラスは何をやるの?」 「あたしのクラスは演劇をやるわ。主役にはなれなかったけどね…」 「残念だねえ。今年最後なのに…」 主役という重責が無い分、今年の学園祭は気楽に参加できそうだった。 2日目の最終日は、3人最後の学園祭を楽しむのだという。 「なんで1年生は展示ばかりなのかしら…」 初めてであり、何をやって良いのかもわからず、まずは展示で、ということか。 1年生は各クラス、何かしらの研究発表的な展示が多い。 「準備で色々調べなきゃだけど、これだと当日はすることが無いなあ」 展示を見に来た人に説明するために、クラスメイトが交代で、 教室に常駐する時間はあるが、苺香の担当は初日の午前中のみ。 柚葉も同様で、初日の午後からは2人で、会場回りをしようという事になった。 体育館での演劇、午後の最後は美柑のクラス。それも見に行かなくては。 *** 色んな展示や模擬店を回って歩く。初めての学園祭を堪能する苺香と柚葉。 時間はあっという間に過ぎ、美柑のクラスの演劇が始まる時間が近づいてきた。 2人は急いで体育館へと向かった。 思っていたより観客が多く、後方から見ることに。 後ろから見ていても分かるくらい、美柑の演技は光っていた。 最後の学園祭にかける意気込みに、姉を誇らしく思う柚葉。 「すごいなあ。お姉ちゃんは…。主役じゃないのにすごく目立ってる…」 「美柑はもう少し、主役を立てることを考えたほうがいいんじゃないかしらねえ…」 盛況のうちに演劇は終わり、体育館の中には熱気がこもっていた。 観客が出口に向かう中、苺香と柚葉は余韻を楽しんでいた。そんな2人に美柑が駆け寄る。 「どうだった?あたしの演技は」 「すごくよかったよー。美柑お姉ちゃんの演技、光ってた!」 「ちょっと前に出すぎよね。主役を飲み込んでたわ…」 「へへへ。今年最後だもんね。思いっきりやらなくちゃ」 明日は最終日。3人で校舎を回って思いっきり楽しもう。 一緒に見られるのはこれが最後になるのだから。 *** 翌朝。 校門前で待ち合わせする3人。良く晴れて日差しが暖かい。 まずは展示クラスを見て回る。 柚葉のクラスは四国各地の特産品や海産物など、 どこで収穫されるかをまとめたレポートだった。 地理歴史の教科書をそのまま転用したような内容だが…。 「すごく勉強になったんだよ。これで期末テストもばっちり!」 「学園祭の資料作りが勉強になったのね…」 どの展示内容も似たり寄ったりで、だんだん退屈になってきた。 「お腹すいたー!ちょっと早いけどお昼にしよう」 「そうだね。ちょっと歩き疲れたというか…」 「展示巡りは退屈になってきたところよ。ちょうどいいわ」 模擬店で買い食いか、と思いきや。 「へへへ、ちょっと行きたいところがあるんだよねえ」 美柑の提案で、学校近くの小さな喫茶店へ。 「ここのナポリタンがおいしいんだよねえ」 「美柑お姉ちゃん、この前も一緒に行ったよね…」 「ここのは何回食べても飽きないの!」 3人はナポリタンを食べ、食後のフルーツミックスジュースで一息。 「昨日はまいまいと模擬店巡りしたから、ちょうどよかったねえ」 「そうね。ナポリタン、美味しかったわ」 あたしは模擬店巡りしてないわよ、と美柑が言うので、 この後3人で模擬店エリアに向かうことにした。 模擬店巡りと言っても、美柑の目的はただ一つ。 アイスクリームやフライドポテトなど、定番のものには目もくれず、 一目散に団子屋へと駆け込む美柑。 「美柑お姉ちゃーん、食べた後、急に走ると良くないよ~」 「相変わらず、足が速いわね…はあ、はあ」 時代劇の茶屋風で、およそ高校生の模擬店とは思えない店構え。 みたらし団子のいい香りがあたりに漂う。 「いらっしゃーい。みたらし団子はいかが~?」 ダンス部のトレーナーを務める徳永が3人に声をかける。 生徒ではなく、教師の有志が運営する模擬店だった。かなり作りこまれている。 「先生、昨日はどうも~」 「あら、今日は3人で来たのね。さ、そこに座って」 お茶をすすりながら待つ3人。一本一本丁寧に焼かれる団子のいい匂い。 ナポリタンでいっぱいになったお腹だったが、団子はまだ入りそうだ…。 焼かれた団子がタレを纏って出され、早速3人は頬張った。 「美味しい!」 「でしょ~。今朝、もち米を焚いてるのよ。本格的でしょ?」 徳永の説明を聞きつつ、大きな団子をペロリ。 「茶店も本格的だし、お団子も美味しいし、すごいね!」 「案外暇なのかしら…」 「ダンスも練習メニュー多いけど、結構適当だったりするし…」 「お姉ちゃん…、まいまい…」 「こらー、そこー、聞こえてるわよ…。あ、いらっしゃいませー」 忙しそうな徳永を横目に、食べ終えた3人は体育館へと向かって行った。 *** 体育館では吹奏楽部や演劇部のプログラムが進行していた。 3人が到着したころ、吹奏楽部の演奏が中盤に差し掛かっていた。 「すごい迫力だねえ」 「ウチの吹奏楽部は県内大会で5位だったのよ!」 「それはすごい…のか?」 興味があるのかないのか、よくわからない会話が続き、いつの間にか演奏が終了。 最後のプログラムは演劇部によるミュージカル。 荘厳な歌と演劇が融合したステージに、3人は魅了された。 「あの衣装素敵…。ダンスの衣装にも使えそう。ゆず、まいまい、そう思わない?」 「確かに。あの生地は何かしら…。美柑、あとで聞いてきてよ」 「なんであたしが?」 「だって、美柑は3年生でしょ?」 「あの子、3年生?」 演劇が終了し、後片付けが始まった。その様子を3人はなんとなく見つめていた。 最初で最後の、3人で過ごす学園祭。 「あっという間だったねえ」 「時間経つのが早いこと…」 「なに年寄みたいなこと言ってるのよ」 「はいはい、もういいわよ。ところで、2人は展示の片付けとかしなくて良いの?」 「片付け担当がいるから、行かなくても問題無いわ」 「私も大丈夫だよ」 「じゃあ、3人で帰るか…」 体育館を出ると、模擬店も片付けが始まっていた。夕暮れとともに、寂しさが漂う。 「来月はクリスマスだね、お姉ちゃん」 「あっ!ケーキ、頼んどかないと」 「プレゼントも考えないとねえ…」 「お姉ちゃん、受験勉強は?」 「演劇の練習で忙しかったからね。明日からかな」 「案外のんきなのね。大丈夫なの?」 来月には「受験」「勉強」「テスト」「落ちる」がNGワードの クリスマスパーティーが待っているのであった。
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