その日、桐栄は部活のない放課後を持て余していた。 勿論やらなければならない事がたくさんあるからこそ部活も休みなのだが、どうにもやる気が出ない。 それもそのはず、今日から一週間丸ごとテスト勉強期間に入ってしまったのだ。 周りの大抵の学生と同じく、勉強はやりたくない派だ。 学校から家までの道中にこぢんまりとした商店街があり、そのすみっこに小さな本屋がある。 急いで帰る必要もないので店先の歩道に面した雑誌やコミックスの新刊棚の前に立ち止まる。 (うーん、特にほしい本はないかなぁ) 目的もないので視線を軽くさまよわせていると一冊の本の所で目が留まった。 「……これだ!」 明日の朝練が始まる時に――朝練といってもストレッチをして基礎練習程度の簡易なもので、主に面白い事はないかという軽い雑談の時間だ。 自分と同じように暇を持て余しているであろう二人に提案しようと桐栄は軽い足取りで本を片手にレジに向かった。 *** 翌朝。 有瓜は桐栄の考えていた通り、暇を持て余した様子で不機嫌そうな顔をしながら唇を尖らせている。 「昨日はテスト勉強期間初日だったから珍しく?マジメに?勉強してみたけど!これって意味あるか?無理やり詰め込んでもどうせまた一週間後のテストには忘れるだろ!!」 「そ、そうだけど……!でも、その分遊べるから、良いんじゃないかな?担任の先生も部活は一応ストップだけど少しの気分転換は良いって言ってたし、お出かけしてみるとかは大丈夫だと思う!バレなければ……あとは……」 熱く語る葵をぼんやりと見つめ、相変わらず葵は有瓜が1を話すと10、いや100返すなぁと心の片隅で感心しながら、桐栄はその流れで待ってましたというように昨日買った最新兵器をおもむろに鞄から取り出した。 「ふっふっふっふ……そんなあなた方にコレ!じゃーん!」 桐栄が取り出した雑誌の表紙を二人はまじまじと眺めながら揃って首を傾げた。 「ん?えっと、なにかな?」 「近隣……もぐもぐ散策マップ?これが何だよ?」 有瓜は訝しげに桐栄を見て表紙を指さす。 「このテスト勉強期間中に近場の気になっていたけど何だかんだ行ってない美味しそうな果物狩りとかキノコ狩りができる所を巡りませんかっていうご提案です!名付けて桐栄ちゃんドキドキグルメツアー!ぜひご参加下さい!」 桐栄は得意げに胸を張り、雑誌をずいと前に押し出して、わざとらしくかしこまって提案した。 有瓜は最初よくわからないといった表情で聞いていたが、桐栄の説明で徐々に楽しそうな表情に変わっていく。 「いいな、それ!今日の放課後から一日一か所ずつ回ろう!」 「う、うん!有瓜ちゃんと美味しいもの食べるの、嬉しいな……!」 「そう来なくっちゃ!今日から始められるなら三回も行けちゃいますよ!放課後までに予約済ませてしおり作っておきますね!」 かくして、三人のグルメツアーはテスト勉強そっちのけで突発的に始まった。 *** 「わー!待たせてごめんなさーい!」 放課後になり、桐栄が集合場所の校門前に到着すると、既に有瓜と葵の姿があった。 きっとチャイムと同時に駆け出してきたに違いない。 「おー、ようやくガイドが来たな!何分か待ったぞ!」 流石に数分程度だし、不機嫌とまではいかないが相変わらず有瓜は正直だ。 でも今回の桐栄はその待たせた分を巻き返せる自信があった。 それくらい授業そっちのけでSNSと雑誌を駆使してプランを立てたのだ。 「えへへ、その待たせた分は取り返せると思います!むしろそれ以上に楽しませますよー!今日はぶどう狩りにいきましょう!なんでも近くの農園で新種ぶどうが食べられるそうです!」 「ぶどう狩りか、いいな!今年はまだぶどう一回も食べてないし、楽しみだ!」 「いっぱい食べられるといいね!」 老夫婦が経営する小さな農園は平日ということもあり、あまり混雑もしていなかった。 桐栄は早速指定されたブルーシートに着くなり剪定ハサミを片手にうろうろし始めた有瓜の後ろをカゴ片手に追いかける葵を眺めながら取り分け用の皿を並べた。 実はこの農園には新種のぶどう以外にも目玉があり、桐栄はその準備をしていたのだ。 暫くすると葵の持つカゴに何房かぶどうを入れて戻ってきた二人は桐栄のセッティングしたブルーシート上の様子を見るなり首をかしげた。 「んん?なんだ、この小皿に乗ったぶどうと…マスカット?」 「ふっふっふー、これ全部ぶどうなんです!ここ、いろんな品種を食べ比べできるっていう企画をしているんですよ!有瓜ちゃんが採ってきた新種ぶどうとも比べられて楽しそうじゃないですか?」 桐栄は自信満々に胸を張って笑うと色とりどりのぶどうをキラキラした目で眺める二人を見つめた。 「おー!いいな!普段一緒に別のぶどうなんて食べないし、面白そうだ!」 「色も微妙に違うね…!有瓜ちゃん、これとかツヤツヤしてて偽物のぶどうに見えるよ?」 「うわ!本当だ!もう食品サンプルだな!!」 はしゃぐ二人に一つ皿を持ち上げると、そのまま差し出して促す。 「はい!召し上がれっ!」 暗くなるまで三人のぶどう狩りは続いた。 *** 昨日に続いて放課後校門前に集合した三人は、昨日のぶどう狩りの話をしながら桐栄の先導で目的地までのんびり歩く。 「今日は秋の味覚が食べられるお店!お芋の専門店に行ってみましょう」 桐栄が鞄から小さなフライヤーを取り出して有瓜に渡す。 「それって最近できた駅前の店か?気になってたんだよなー」 「あ、この写真、この前有瓜ちゃんがトリテンッターでお話ししてたメニューだよね!」 二人は渡されたフライヤーをのぞき込み、ざっと目を通すと見覚えのある写真に気付いた葵が嬉しそうに指をさす。 「あ!そうそう!このスイートポテトのパフェ!生クリームとスイートポテトとか最高な組み合わせだし、寒くなる前に食べたかったんだよ!」 「今日は天気もいいし、外のテラス席でホカホカしながら食べましょうよ!……ほら、見えてきた!」 三人でわいわいと話しながら歩くと早くも目的地にたどり着いた。 店の前には何人か並んでいる様子で、同じ本陣高校の生徒もいた。 皆テスト勉強の期間は暇なのだ。 最後尾に並んでいる時も外に置かれているメニューを囲みながら三人で何を頼むか盛り上がる。 「あー!このお芋のパンケーキもおいしそう!」 「定番のスイートポテトパイも良いよなぁ」 「お芋のラテと大学芋のセットとかもあるよ……!」 各々が何を食べるか議論をしている間に列が順調に進んで行き先頭まで移動する。 「「「あ……」」」 店の入り口に貼られていたポスターが目に入る。 【お芋のラテとミニパフェ&ミニパンケーキ、一口パイのセット登場!】 有瓜はそっとメニューを閉じ、元ある場所に戻した。 「これで決まりだね、有瓜ちゃん」 「むしろこれ以外の選択肢がないね」 珍しく桐栄と葵の心も一体となった。 席が空いたらしく、お店のスタッフが三人を呼んだ。 今日のツアーも大成功間違いなしである。 *** 最終日となる三日目は授業が始まる前の朝、有瓜の教室前で集合だった。 「桐栄ちゃん、今から授業だから流石に外にはいけないよ…?」 「まあ天気がいいからこのままふらっとどこかに行きたい気持ちはあるな~」 「ゆ、有瓜ちゃん……!それでこの前も愛田先生に追いかけられてたでしょ?」 全く気にしていない有瓜を何とか授業に留まらせようと葵が説得をしていると、桐栄が咳払いを一回してにっこり笑う。 「ごほんっ!今日はキノコ狩り!なんでも学校の敷地内の森で食べられるキノコが採れるとか採れないとか!だから有瓜ちゃんに校長の許可を貰ってきてほしいなぁ……なんて」 桐栄が両手を合わせておねだりをすると有瓜は片眉を上げた。 葵が少しだけ不安そうに有瓜を見つめる。 「んー?大丈夫だろ、まあ、分かった!一応ひとこと言っておく!」 「やったー!じゃあまた今日の放課後、下駄箱の所に集合しましょ!」 有瓜が頷いて見せると同時にチャイムが鳴り、桐栄と葵は手を振ってあわただしく教室に向かって行った。 ――放課後 桐栄と葵が下駄箱で雑談もそこそこに有瓜を待っていると、程なくして頭をさすりながら下駄箱の方に歩いてくるシルエットが見えた。 よく見ると待ち人本人である。 頭に大きなたんこぶを作って不機嫌な顔を隠さずこちらに向かってきていた。 「待たせたな、悪い。ったく…思いっきり殴られたぜ。テスト勉強期間中にそんな事しているとは、示しがつかん!だってさ!」 「うわー……やっぱり怒られちゃいましたか……すみません」 「有瓜ちゃん、大丈夫?少し冷やした方が良い?」 桐栄は申し訳なさそうに両手を合わせると、有瓜は軽く片手をあげて首を振った。 「大丈夫大丈夫!最終的にはOK貰ってきた!早めに解散して明日も勉強しろとは言われたけど……ま、何とかなるだろ!」 「やったー!じゃあ早く行きましょう!目星はついてます!」 「あ、あの松林かな?虫よけ一応持ってきたから、皆スプレーしていこう?」 念の為長袖ジャージで集合した三人は、ぞろぞろと校舎付近の森の中に入っていく。 足元を見ながらウロウロとしたり、木の根元を木の棒で探ったり……木の葉をかき分けては食べられそうなキノコを集める。 口数も少なめに、一、二時間程度無心で散策をすると持ってきたバケツがいっぱいになってきた。 「これ位あったら食べられないキノコを捨てても十分にキノコ料理が作れるんじゃないか?」 有瓜がバケツを少し持ち上げるとその重量感に満足気に笑う。 三人はいそいそと職員室まで戻り、家庭科の先生に食べられるキノコか確認をしてそのまま調理教室を借りた。 メニューはきのこ汁と、きのこのバター炒め。 ささっと手早く作ってしまうと三人で机を囲んだ。 「んー!?結構うまいかも!」 「本当だね……!ほかに材料ないから微妙かもって思ったけどおいしい!」 「きのこ狩りツアーも大成功ですね!」 シンプルな味付けではあったが自分たちで採ったものなので一層美味しく感じたのであった。 わいわいとした雑談は家庭科の先生が注意しに来るまで続いた。 翌日、三日間一度も勉強せずに遊んだ結果、結局親に怒られて土日に詰め込み勉強を余儀なくされた三人はいつも通りの成績でなんとかテストをクリアした。 同じ楽しみと辛さを味わったチームの仲は深まったとか深まらなかったとか……? 次からは計画的に勉強と遊びを両立しようと誓ったのであった。
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