「ふぅ。なかなか面白い経験でしたわ。感謝しますわ、千彗子」 「いいえ。おかげで私も吹っ切れたから」 「吹っ切れた?」 「ええ。話を戻すけれど、九条院さん、あなたに私のダンスチームに入って欲しいの」 「それは……」 「あなたがダンスチームに勧誘されるのに乗り気じゃないのは知っているわ。でも、あなたはダンスが嫌いな訳ではないんでしょう?それに、なんとなくだけど、私たちなら上手くやれる気がするの」 私の言葉を聞いた彼女は少し間を置いた後、まっすぐに見返しながら口を開いた。 なにかを心の中で決めたのか、迷いのない口調だった。 「…………。そうですわね。確かにわたくしはダンスチームを結成し、トリニティカップとやらで優勝しなくてはなりません。それはこの九条院惺麗にとって必要な事なのですわ」 「だったら……!」 「わかっていますわ。わたくしも千彗子となら上手くやっていけるのではないかと思っています。だからこそ、確かめさせてもらえませんかしら?」 「確かめる?一体なにを?」 「千彗子、貴方の実力をですわ。この九条院惺麗のチームメイトに半端な実力は許されません。貴方のダンスをわたくしに見せて下さる?」 その時の彼女の表情は、先程までとは違う、貫禄を感じさせるものだった。 思わず、尻込みしてしまいそうになったが、ようやくここまで来たのだ。 いまさら引く事は出来ない。私も覚悟を決めなくては。 「わかったわ。私のダンスを見て、それから判断して」 「……いい表情ですわ」 九条院惺麗は不敵に微笑んだ。 *** 「それで、私はなにを踊ればいいの?」 「お任せしますわ。千彗子の最も得意とするダンスでよくってよ?ええ、その方が貴方の実力がハッキリするというものですわ」 「わ、わかったわ。それじゃあ、私の得意なダンスで」 そうなると、私が踊る曲は決まっている。 去年、先輩たちと一緒にトリニティカップを目指して踊った曲。 何度も練習して振り付けは全て頭に入っているし、今でも良く踊っている。 このダンスで、彼女――九条院惺麗に認めさせてみせる。 「――いきます」 足でリズムをとり、私は踊り始めた。 この曲はテンポが速いわけではないが、だからこそ一つ一つの動作の『見せ方』が重要になってくる。 慣れ親しんだ曲だからこそ、指先まで神経を払いながら私は体を動かした。 ――そして。気付けばあっという間に私は踊り終えていた。 「ふぅ。……その、どうだった?」 踊っている時は大丈夫だったのだが、終わった途端に緊張が襲ってきた。 これは九条院惺麗が私とチームを組んでくれるかを判断する、いわばテストなのだ。 今のダンスに私は自分の全力を出し切ったが、彼女がどう判断するかは別の話だ。 不安げな表情をしているであろう私に、彼女は顎に手を当てながらゆっくりと口を開いた。 「そうですわね。……千彗子、もう一度踊ってもらってもよろしくて?」 「え?それは、どういう……」 「少しばかり、今のダンスで気になるところがあるのです。もう一度見ればハッキリしますわ」 「ええと、同じ曲でいいのよね?わかったわ。それじゃあ、もう一度……」 正直、彼女が何を考えているのかはわからなかった。 しかし、彼女の至って真剣な表情を見て、疑問や迷いはなくなった。 深呼吸をひとつして、私は再び踊り始めた。 もしかしたら、私の持久力をテストしているのかもしれない。 ならば、1度目以上にクオリティの高いダンスにしなくては! 私がそんな事を考えながらダンスを続けていると、彼女が何かに気付いたように呟いた。 「あそこをああして……。そうですわね、これなら……」 曲も中盤に差し掛かった。 体力に問題はないし、ミスもしていない。 このままの調子で続けよう、そう私が考えていると。 ――突然、九条院惺麗が私の前に立って踊り始めた。 「え?」 想定外の事態に、思わず動きを止めてしまった私に対して、彼女は振り向かずにぴしゃりと言い放った。 「止めないで。このまま続けますわよ」 「え、ええ」 「フフ、楽しくなってきましたわ」 楽しげな彼女の声を皮切りにダンスが再開する。 そして、すぐに気付いた。 彼女の振り付けは私のものから大きくアレンジされている事に。 「ち、ちょっと!?」 「フフフ、わたくしの動きについてこれるかしら?勿論、これもテストですわよ?」 思わず声を上げた私に、彼女は挑発的な声で返した。 テストと言われては、私も止まっている訳にはいかない。 確かにはじめての振り付けではあるが、曲自体は去年から何度も聴いているのだ。 アレンジされていたとしても、ついていくくらいなら! そこから私は曲が終わるまで無心で踊り続けた。
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