ダンスが終わり、九条院惺麗はひとつ息を吐いてこちらを振り向いた。 お菓子を食べていた時とはまた違う、満足気な表情のまま口を開いた。 「フフフ、よくついてこられましたわね。かなりアレンジしましたのに」 「正直、ついていくので精一杯。アレンジされて難易度も上がっていたし、よく知っているこの曲でなかったらついていけなかったかもしれないわ」 「突発的な振り付けの変化についてこられると言う事は、基礎ができている証拠ですわ。実の所、無理だと思ってましたわ」 「えっと、ありがとう、でいいのかしら」 「この九条院惺麗から賞賛されたという栄誉に感動の涙を流してもよくってよ?」 「あはは……。それにしても、なんで突然一緒に踊ろうと思ったの?」 途端、彼女の表情が硬くなった。 彼女は腕を組み、わざとらしく目を背ける。 「あぁ、それは。…………。ええと」 「……あの~?」 「ちょっとお待ちなさい!いま、素晴らしい理由を考えているのです!」 「理由、なかったのね」 「な、なぜそれを!?千彗子、さてはあなた、エスパーですわね!」 本当に驚いているようで、彼女は目を丸くしている。 その反応に、私は思わず笑ってしまう。 「エスパーって、ふ、ふふふ」 「また笑いましたわね!?」 「ご、ごめんなさい。九条院さんって、すごくピュアなんだなぁって思っただけ」 「それは、褒めてますの?」 「え、ええ。勿論」 「なら良いですわ。笑う事を許しましょう!」 「あ、ありがとう。……九条院さん?」 彼女は突然、真面目な顔になり何事かを考えていたようだが、少しすると私をまっすぐに見つめたまま口を開いた。 「理由……。ええ、理由はありましたわ。千彗子のダンスを1度見て、自然とこの曲を踊ってみたいと思いましたの」 「……振り付けをアレンジしたのは、どうして?」 「決まってますわ。その方がより楽しいと思ったからですわ」 彼女は嬉しそうに答えた。見ているこちらが羨ましくなるような嬉しそうな表情で。 「そう。……その表情、かなわないなぁ」 「なにがですの?」 「ううん。こっちの話。でも、そうね。もともとの振り付けも大好きだけど、いまの振り付けもすごく好きになっちゃった。誰かと踊るのが久し振りだったって言うのもあるかもしれないけど、私もとても楽しかったわ。ついていくのに必死だったのに、いつの間にか笑っていたもの」 「……千彗子」 「な、なに?」 静かに私の名を読んだ彼女の表情はテスト前に見せた不思議な迫力を感じさせる表情へと変わっていた。 そのまま数秒私を見つめた後、ふっと息を吐いた彼女は、微笑みながら口を開いた。 「――合格ですわ」 「え?」 「この九条院惺麗、貴方とダンスチームを組むことに決めましたわ!」 「…………」 「安心なさい、千彗子。このわたくしと組む以上、トリニティカップでの優勝は決まったも同然ですわ!オーホッホ!……あら、千彗子?どうかしましたの?突然動かなくなりましたわ」 「ほ」 「ほ?」 「ほんとうにわたしとちーむをくんでくれるの?」 「なんなんですの、その棒読みは。この九条院惺麗に二言はありませんわ!泥船に乗ったつもりで――」 「ありがとう!本当にありがとう、九条院さん!!よかったあー!」 感極まって、私は彼女の手を取ると、ぶんぶんと振りながらお礼を言う。 あまりにも嬉しかったので、泥船じゃなく大船と言うツッコミも忘れるほどだった。 「ま、まぁ……。わたくしとチームに組めるのですから?当然の反応ですわね」 「ええ!これからよろしくね!」 「こちらこそですわ。あ、そうそう千彗子。わたくしと貴方はチームメイトになるのですから、今後は特別にわたくしのファーストネームで呼ぶ事を許しますわ」 「え。そ、それじゃあ、惺麗、さん?」 「グッド!さて、それではまず最初に決めておかねくてはなりませんわね」 「?」 私が首を傾げるのを見ると、彼女は不敵に笑いながら、少しだけ挑発的なニュアンスを込めて言葉を続けた。 「千彗子、今のうちに言っておきますが、わたくしがチームリーダーで良いですわね?」 「え?ええ、それは勿論」 「あ、あら?随分あっさりしてますわね。千彗子はわたくしの上級生なのですから、てっきりリーダーをやりたいのだと思っていましたわ」 惺麗さんが意外そうな顔で私を見ている。 確かに、下級生がリーダーと言うのは珍しい事かもしれない。 だからこそ、彼女のダンスを見た時に自然と浮かんだ想いを、私は正直に口にした。 「うーん、自分ではあまりリーダーとか向いてないと思っているの。どちらかと言えば、みんなのサポートをしている方が性に合っているかなって。それに……」 「それに?なんですの?」 「惺麗さんがリーダーとして引っ張ってくれれば、このチームはもっと成長できると思うの。あなたと一緒に踊る事で、いままで知らなかったものが見える。少なくとも私はそう思っているの。だから、リーダーは惺麗さんがいいなって」 私の言葉を聞いた惺麗さんは頬を赤く染めながら、嬉しそうに笑った。 「そ、そう!フフフ、そこまで言われたらわたくしがリーダーをするしかありませんわね!良いですわ!わたくしがこのチームをもっと輝かせてみせますわ!……ん?」 そこで何かに思い当たったのか、惺麗さんは難しい表情をして腕を組んだ。 少しすると疑問の正体に気付いたのか、「そう言えば」と前置きをした彼女が真顔で私に尋ねる。 「千彗子?もう1人のチームメンバーはどこですの?」 その質問を耳にした私は、「あ」と思わず声が出てしまった。 そうだ。喜びのあまり意識の外に追いやっていたが、いつまでも目を背けて言い訳がない。まだ、やらなければならない事があるのだ。 猶予は迫っており余裕はない。……そう思うと一気に不安が襲ってくる。 私の様子を見た惺麗さんが首を傾げて訊ねる。 「どうしましたの?」 「え、ええと。じ、実は、その、まだ惺麗さんと私の2人しかいなくて……」 「あら、そうなんですの。では、もう1人のメンバーを探さないとですわね」 「そ、そうなんだけど。その――」 学内選抜大会まで日も迫っており、今から探すのは簡単な事ではない。 思わず俯いてしまった私が、正直にそう言おうと顔を上げると、彼女が笑っていた。 「千彗子、なにがそんなに不安なのです?この九条院惺麗がいるチームに、メンバーが集まらない訳がありませんわ。私とチームを組んだ時点でメンバーは揃ったようなものですわ。安心なさい」 ――その言葉は自信に溢れていて。 根拠もなにもなかったのに、彼女とならきっと大丈夫なんだと、そう思えた。 不安があったメンバー集めに対して、不思議と自信が湧いてくるような気がした。 「うん……わかったわ。それじゃあ、メンバー集めから頑張りましょうね!あ、そうそう。もう1人のメンバーが見つかったら、そこでもう1度リーダーを誰にするかは話し合いましょうね?ちゃんと全員から意見を聞かないと」 「フフン、ノープロブレムですわ!わたくしよりリーダーに相応しい存在がいるはずありませんわ!」 「ふふふ。惺麗さんたら」 「行きますわよ、千彗子!」 私たちは意気揚々と夕方の校舎へと歩き始めた。 その直後、私たちの頭上から最終下校時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。 出鼻を挫かれた惺麗さんは顔を真っ赤にし、頬を膨らませながら迎えに来た高級車に乗り込み、その日は帰っていったのだった。
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